ショート小説集

□ラクガキ
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「えぇっ、皆様お静かに」と、ツアーガイドがハンドマイク越しに言う。「左にみえますのが」その土地の名所の説明を始める。
 乗客たちは皆いっせいに、ガイドが掌で示す方をむく。つい今しがたまではワイワイガヤガヤうるさかったのに、この時ばかりはおとなしいもの。
 暇にあかせての旅行とはいえ、それなりの散財はしている。見るべきもの、聞くべきこと、それらはしっかり見聞しないと損。なかには熱心にメモを取っている者もいる。
 しかし、子供はそうもいかない。すぐに飽きる。名所になんて、興味がない。
 両親に連れられてきた旅行は、楽しい。だけど、時に退屈。
 彼は周りの目を盗んで、自分の座っている後部座席の窓を開ける。右側。
 皆の視線は、観光名所。左側。気付かれない。
 ポケットからペンシルを取り出し、地面に手を伸ばす。届くわけがない。
 彼はぐるりを見渡す。棚の上。長い棒がある。あれなら。
 彼は座席に立ち上がってその棒を手に取ると、窓から身を乗り出した。
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