囚人

□知る術もなく
1ページ/1ページ

それはとても綺麗なものだ。
俺はその綺麗なものに触れることができない。
いつか俺の手の中からなくなってしまうもの。
いつか俺の隣からいなくなってしまう人。
この人の目には、
俺はいったいどんな風に映ってるんだろう。


シュルリと音を立てて手に絡んでいた赤がすべり落ちていく。
左側は薄いピンクに近い色で少し短くて、
右側は血のような綺麗な赤い色をしていて長い。
後頭部から流れるように伸びている長い襟足が首筋を流れてる。

「落ち着いたかな…」

この人は定期的に発作を起こす。
それが何なのか俺にはわからない。
眠りながら夢を見て、それに酷くうなされる。
夢の中にいる誰かを想って。
届くはずもない声を発して、届くはずもない手を伸ばして。
最初はどうしていいかわからずおろおろとしていたけど。
最近は手をのばしていた。
髪を梳いて頬を撫で、流れた涙を拭って。
聞き取れない言葉に返事をして、伸ばされた手を握って。
この人が求めているのは俺じゃない、でも。
これで涙が止まるなら、俺はなんにだってなるよ。
貴方が願うなら、なんだってするよ。
まっすぐに伸びたその髪はサラサラしていて、柔らかい俺の髪のように手の中にとどまってはくれない。
掴んでも掴んでも、すぐすり抜けていってしまって。
俺の未来もきっとこうなんだろう。
見てほしくて気づいてほしくて知ってほしくて振り向いてほしくて、
名前を呼んでほしくて。
でも、きっとあなたはスルスルと音を立てて俺の腕の中からすり抜けてしまうんだ。

「ねぇ、ネンコさん」

頬に触れた手を、すべるように移動して。
目にかかった前髪を指の間に絡めて。
そのまま耳の後ろに流して後頭部に移動した。
首筋に触れている腕が熱い。

「ネンコさん、俺。ネンコさんが好きだよ。何されたって、貴方のことが好きだ」

前髪をどかして現れた額に小さくキスした。
こんなキスはしたことがない。
たぶんこれからもすることはないだろう。
体を重ねることはあっても、それはキレネンコさんからの一方的なもの。
愛ある行為というより、レイプに近い。
それでもいいなんて思うようになってしまった俺は、この綺麗な人に何もかもを持ってかれてしまったんだ。
でも俺は、この人の何一つ持ってくことができない。
キレネンコさんの目に映ってるのは俺じゃなくて、夢の中の人だから。


綺麗な人は俺が触れていい人ではない。
愛していい人では、きっとない。
でも今のままそばにずっと、いたい。


それはとても綺麗で。
胸が詰まって涙が溢れる。
その涙の理由を、あなたは知らない。
俺があなたに口付けながら泣いていたことすら
あなたはきっと知らない。


俺が泣いてた事なんて
あの人は知る術もなく

今日も何も変わらず過ぎていく




 「俺が泣いてた事なんて
    あの人は
知る術もなく


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ