囚人

□幸せの名前
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「おい541番」

少し離れた位置から声をかけられる。
振り向くとそこには看守さん。
のぞき窓から俺を見て、そのあと俺の横に目線を持っていく。
俺もそこへ向きなおした。
そこには酷い汗をかいて苦しんでいるネンコさんの姿。

「まだ熱下がらないのか?」
「変わりないみたいです」

ネンコさんの汗を拭きながらそういった。
朝起きたら何故かそこに看守さんの姿があった。
俺は何事かと飛び起きて壁際に飛びのいたが、看守さんが相手をしているのは隣のベッドにいるキレネンコさんで。
そのネンコさんは、苦しそうに息を吐きながら眠っていた。
何かあったんですか?
そう聞くといつもの発作だ、と。
そう言った。

「今日の発作はいつもとちょっと違いますね」
「…ったく。また暴れたら呼べよ」
「はい…」

そういって看守さんは行ってしまった。
ネンコさんを見ると、苦しそうに荒い息を吐いている。
顔のつなぎ目が少し腫れてる。
傷、痛むのかな…。
額のタオルを触ると暖かくなっていたから、看守さんに借りた洗面器に入れた。
そして元から入っていたタオルを取り出してきつく絞って、ネンコさんの額の上へ置いてやる。

「んっ」

ネンコさんの体が少し揺れた。
たぶん冷たかったんだ。声かけてからの方がよかったかな。でも、
俺の声聞こえてるのかな。

「ネンコさん…」

たぶん聞こえていない。
だってネンコさんは今、ここにいないから。
ネンコさんが定期的に起こす発作は俺も知っていた。
繋ぎ合わせた傷口の化膿で熱が出ると、看守さんが言っていたから。
見たことのない不思議な形の注射器で注射をしてる姿は手馴れていて。
きっと俺が来る前からずっとやってたんだろうなって、思える感じで。
ネンコさんもたまに看守さんを殴ったりするけど、基本いつものように手を上げたりはしない。
注射には解熱剤とか鎮静剤とか化膿止めとかなんか色々入ってるらしい。
俺にはさっぱりだったし、看守さんもその辺は詳しくないらしい。
ネンコさんや囚人専属のお医者さんがいて、何かあったらその先生から薬を貰うと、ここまで言って看守さんに怒られた。
仮にも俺だって囚人の1人で、そんな囚人に内部の事は言っちゃだめなんだろう。
そんなのバカな俺だってわかる。
それでもうっかり喋ってしまったのはきっと、看守さんもネンコさんが心配だから。
落ち着かせる薬はあるから何かあったらすぐ呼べと。
実際は言わないけどきっと、そういう事。
まぁ実際「暴れたら呼べ」とは言われているけど、俺は呼ばないことの方が多かった。
それはネンコさんが嫌がるからだ。
それに、彼が覚えていないこともある。
俺がそれを受け止めて落ち着くなら薬なんてきっと使わないほうがいい。
傷が痛む時は呼びに行こうとしても怒られないからすぐ看守さんを呼ぶけど。

「ネンコさん…」

あふれ出る汗を拭いてふと、この間の事を思い出す。
いつものように緩く首を絞められ、少し乱暴に行為をされ、腕に噛み付かれた。
この行為に関しては、俺は男だからそういうのに経験がないわけじゃない。でも抱かれる側は経験がなくて、それはまぁ当たり前ではあると思うんだけども。
最初は怖かったし痛かったしちょっと嫌だったし。
でもそれが、変な話気持ちよくなってきて嫌じゃなくなって。
そしてちょっとだけネンコさんが好きになって。
でも、求められて体を重ねると気づくことがあった。
それは、ネンコさんは俺を抱いてるんじゃないってこと。
俺の体を揺すりながら別の人を抱いてる。
その人はいったいだれなのだろうと。
聞いても答えてくれないのはわかってたから聞かなかった。
でもきっとその人はネンコさんの大事な人。
俺はその人の代わりなのかと思っても、求めてくれることが嬉しかった。
そのぐらい好きになってた。
夜起こす過呼吸もきっとその人の事を思い出してつらいんだろうなと。
ただの推測だったけど。
発作を起こしてるときはよく俺の知らない顔をして誰かの名前を呟いているから。
俺を抱いてるときと同じ顔をしてる。

「ネンコさん、早く帰ってきて…」

誰かを思ってる時の顔をしてるネンコさんにつぶやいた。
ネンコさんは気づいてない。
俺に、気づいてない。
俺を
知らない。
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