民警

□痛いよ。/cop
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「ふぅ…」

無意識にため息が出た。
ため息というか、緊張を解いた。と、いうか。


パトロール中に無線が入り、事故の処理をした。
駆けつけた時には遅く、事故にあった少女は亡くなり事故を起こした男は嘆いて話にならなかった。
無線で救急車の手配をし、ボリスのそばへ駆け寄って。
その時ほんの一瞬だけ、目を。
反らしてしまった。

「救急車まだかよ!」

そう叫ぶボリスのそばにはもう、息をしていない少女。
止まらない少女の血を必至に押さえて「大丈夫」と声をかけているボリスは、見ていてつらかった。
応援に来た仲間に男を受け渡す。
ボリスは救急隊に処置をされている少女の所。

「おい、あいつ大丈夫か?」
「え?あぁうん」
「俺のラーダでしょっ引いてくから、お前ら先署に帰ってろ」

そう言った仲間は「お疲れ」と言って自分の相棒の所へ行ってしまった。
俺はボリスの所へ行く。
ピリピリとした空気。
ボリスの手からはまだ血の雫が落ちていた。



そして、署に帰りボスへ報告を入れる。
その間ザワザワと小さな声。
報告が終わり、ボリスは血で濡れた服を着替えに行った。
今俺は更衣室そばの喫煙場所。
ジャケットのポケットから煙草を取り出し吸った。
少しだけ、落ち着く。

「マジで真っ赤でさー」
「まーボリスなら」

廊下の奥から声がして顔を上げる。
同僚の二人。よくボリスと喧嘩をしてる奴らだ。

「子供助けようとしたらしいじゃん?」
「へぇー意外ー」
「でも血だらけじゃなー」
「ねぇ、君らさ」
「ッお、おうコプチェフ」
「お、お疲れさん」

すれ違った瞬間声をかける。
突然声をかけたから驚いたんだろう。
びくりと体を跳ねらせた二人が俺を見る。

「あれ、ボリスは?」
「着替え中だよ」
「お前の相棒本当こえーよな」
「お前もよくあんなんと2年も組んでられるよなぁ」
「本当だよ、今日だって血だらけ、」
「今さら」
「あん?」
「今さら言うことじゃないと思うけど。ボリスの耳に入らないようにしてねそれ」
「コ、コプチェフ?」
「な、何お前怖ェ顔してんだよ」
「ボリスはあの女の子を助けようと必至だったんだ。必至に大丈夫って声かけて、血を止めようとずっと押さえてて。」

そうだ。
ボリスは女の子を安心させようと笑って「もう大丈夫」と言っていた。
女の子はわかってたはずだ。ボリスだってわかってた。
死ぬことを。
それでも「大丈夫だから安心しろ」と。
笑顔で言っていたんだ。

「あんたらみたいな、あーもー死ぬなこいつほっとくかー汚れるしー?なーんて思ってるやつより、ボリスの方がよっぽど立派だよ」
「てめぇっ」

俺の放った言葉はおそらくいつもより温度はなかったんだろう。
まぁ嫌味で言った言葉だし、俺は俺なりに怒っていたわけだし。
その言葉に、眉間に皴をよせた同僚が拳を振って来た。
あーあーなんでこんな頭が弱そうな奴がミリツィアにいるんだろう。
なんて思いながら、避けた。
くわえた煙草の煙が遅れて流れる。

ガシャーン!

案の定灰皿に躓いて、そいつは灰皿ごと大きな音を立てて倒れた。

「俺、今機嫌あんまり良くないからさ、喧嘩吹っかけられても手加減とかできないんだけど」
「お、おい大丈夫か?」
「いってぇ」

足元に灰皿ごと転がってる同僚を見下ろす。
基本笑顔でいる俺だが、今は笑える気分じゃない。
咥えていた煙草から灰が落ちた。
それが同僚の頭にかかる。

「はっごめんね?」

思わず鼻で笑った。
倒れた時に転がった上蓋を探し、それに煙草を押しつけ消す。
ポケットに手を突っ込んだ。逃げるか、また殴ってくるか。
すると立ち上がろうとした同僚と、起こそうと手を伸ばしていた同僚がびくりとした。
目線は俺の後ろ。

「何やってんだお前ら」

振り返ると、ボリスが更衣室から出た所だった。

「ボリス?」
「行くぞコプチェフ」
「あんたらそれ片づけておいてね。んじゃー」

そういって俺はひらひら手を振って、ボリスの所へ駆けていった。
後ろの方で何かわめき声が聞こえたが、そんなの俺の知ったこっちゃない。

「お前何同僚虐めてんだよ」
「違うってー。あいつが勝手に灰皿に躓いて、勝手に派手に転んだだけ」

間違いは言ってない。
俺は手を出してないし、手を出したのはむこう。
そして俺はそれを避けただけ。

「あ、ボリス」
「ん?」

ボリスの頬に親指を押しつけて擦った。
パラリとこぼれ落ちる赤。

「何」
「血、ついてた」
「あぁ、…悪い」

何故、みんなわからないんだろう。
ボリスの本当の姿を。
本当はこんなに純粋で真っ直ぐなのに。
みんな誤解してる。

「おい、コプチェフ」
「ん?」
「お前は喧嘩とかの問題起こすんじゃねぇぞ」
「…、へ?」

突然のボリスの言葉に、俺は変な声が出た。
ジッと見ているのが分かったんだろう。
俺の方をちらっと見て口を尖らせていた。

「それは俺の役目だろ」
「ボリス、」
「俺がいまさら問題起こした所でもう異動はねぇけど、お前は」
「俺も、ないよ」

思わずボリスの言葉を遮ってしまった。
一瞬めぐった記憶を遮るようにいつもの笑顔を向けた。
つもりだった。

「おま、」
「ん?」
「いや、何でもねぇ」

ばれただろうか。
…、ボリスに。
言わなきゃいけないんだろう。
でも。
俺は、ボリスを巻き込みたくない。
ポケットに突っ込んだままの手を、ぎゅっと握った。
この手のひらの痛みは、俺の痛みでもある。

「   、」
「ん?」
「何?」
「いや、今お前なんか言ったか?」
「言ってないよ」

いつもの笑顔で返す。
いつもの笑顔が、できているだろうか。

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