民警

□痛いよ。/bor
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指に挟んだタバコからゆるゆると上がる煙をただぼーっと眺めていて。
半分は吸っていたものの、タバコを口に持っていくのが億劫になった。
だからと言ってそれを灰皿に置くこともしないで。
ただ眺めていた。

「ボリス、灰落ちるよ」

いつの間にか現れたコプチェフにタバコを取られ、そのまま灰皿に灰を落として。
それをぼんやりと眺めていた。
コプチェフが一口吸った俺のタバコはもう短くなっていて、それを灰皿でもみ消して。
そのまま俺の隣りへ座った。
軋むソファ。

「今日の子だったらさ、あれは、」
「わかってる」
「…うん」
「わかってる…」

今日のパトロール中入った無線。
近くで事故の通報があったから向かってくれという内容だった。
向かった先には女の子が1人と、男が1人。

「コプチェフ救急車!」
「わかった!」

女の子のそばで男が嘆いていた。逃げる気配はない。
女の子の方は、誰が見ても状況はわかっていた。
出血がひどい。

「もう大丈夫だからな。しっかりしろよ」
「あたししぬの?」
「死なねぇよ。もうちょっとしたら救急車が来る。大丈夫だからな」
「うん…」

出血している腹部辺りを押さえる。血が止まらない。
手と足は複雑骨折。
肌は白い、チアノーゼ。
血がゴポッと溢れるのが手から伝わる。

「救急車まだかよ!」
「ボリス」
「コプチェフ!」
「…ボリス!」



結局あの子は助からなかった。
出血が酷すぎた。おそらく内臓破裂もあったはずだ。

「救急車が間に合っても、」
「ん?」
「助からないだろうなってのはわかってたんだ」
「うん」
「…」
「ボリス」
「わかってるよ。わかってる…」

こういうのはたまにある。
だからいちいち気にしていても仕方がないことだ。
前はこんな風に気持ちを引きずったりはしなかった。

「俺どっかおかしくでもなったのか?」
「え?」
「ひきずるとか、ねぇだろ」

開いた手のひらがまだ血で塗れている様な気がして。
思わず握った。
握った俺の手に、コプチェフが手を乗せる。

「ちょっと疲れてるだけだよきっと。大丈夫」
「コプチェフ?」

突然コプチェフが俺の肩を引き寄せ抱いた。
トンッと、コプチェフの胸に頭が当たる。
引き寄せた方の手で頭を撫でられた。

「何だよ」
「俺がいるからさ」
「は?意味わかんねぇ」
「1人で苦しまないでさ、そういうの全部俺にぶつけちゃえばいいんだよ」
「…はぁ?別に苦しんでなんか、」
「俺は苦しい…」
「ッ…、」

コプチェフが呟いた小さな言葉に、俺は出た言葉を戻す。
諦めて体を預けた。
俺たちは神じゃない。
助けられない命の方が多い。
誰かを助けられることなんて、一握りだ。
ゆっくりと体の力が抜けていくのがわかる。
胸の重さや苦しさ、憤りも。
胸に溜まった重たい物がゆっくり消えていく。
こいつが吸ってるんじゃないかと思うくらい、俺は楽になる。
胸の重さと一緒に体もゆっくり軽くなっていった。
ふと、こいつはこの胸の重さを何処で解消しているのだろうと。
そんな事を思った。
コプチェフは俺と違って器用だから、こんな風に溜めたりしないんだろうか。

「コプチェフ…」
「ん?」
「お前も、自分中溜めたもんとか、俺に吐き出していいんだからな」
「けっこう吐き出してるよ?」
「あ?」
「ボリスが気づいてないだけで」
「そうなのか?」
「俺、結構な回数ボリスに救われてるんだよ」

救われて、る?
そんなこと、したことがあっただろうか。
覚えがない。
顔を上げるとコプチェフが笑って俺を見ていた。
そして、俺の額にキスをする。

「…、な、何っ」
「俺は、ボリスがこうして俺の横にいるだけで、救われてる」
「コプチェフ…」
「ボリス、好きだよ」
「…、」

好きと言われ抱きしめられる。
返事はできなかった。
だが、できない返事の替わりに、

「コプチェフ…」

コプチェフの背中に手を回した。
こいつも、案外不器用なんだ。
俺がいるから大丈夫と笑顔で言っておきながら、泣きそうな顔を隠せないでいる。
目を閉じると昼間の女の子の顔が頭の中に突然現れ、少し肩が震えた。
けれど。
コプチェフの心音がそれを消していく。
昔はこんな風に頭を切り替えてなんてしなかった。
前は、酒とタバコで切り替えていた。
だが今は、

「…コプチェフ…」

言おうとした言葉を飲み込んだ。
すぐそばまで出ているのに、出ない。
なぜか照れるというか。
でも、
こいつが、
コプチェフがいて。
よかった・・・


「    」

コプチェフの胸元に口をつけ、唇だけ動かして言う。

ありがとう。
いつも、ありがとう。

俺もお前に、救われてる・・・

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