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Sempre nel cuore.
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ラプッシュの朝はとても早い。まだ夜も明けきらぬうちから、居住地で狼たちが騒ぎ出す。


木々は朝露を滴らせ、霜が降りた大地を踏みしめながら巨狼たちは森を疾走している。


先陣を切る黒狼が続く茶狼に合図を送れば、両者は速さを競い合いながら崖へとひた走った。


その一団に少し遅れながらも、小柄な灰色の狼が楽しげに尾を振って走るその姿を、遠巻きに眺める影がいた。


人間であればまず間違いなく彼らの姿をとらえることはできない。にもかかわらず、その影にはそれら人狼たちを、高く高くそびえ立つ木立からでもはっきりと見ることができた。


「群れとしては、まだ若い。先鋒の二頭以外は、ろくに戦闘に慣れていなさそうだな・・・・・・」


漆黒の髪を風になびかせ、整った顔に厳しさを漂わせて男が呟く。


まとうコートも、細いパンツとブーツも髪と同じ黒。その闇の中で、ただ瞳の銀色だけが冴え渡る。すべてを呑み込んでしまうように深く、それでいて包み込むように穏やかな色をしている。


男は、群れを追いつつ指先を左耳へ伸ばした。髪に隠れるように鈍く光るそれに、指先をすべらせて、刹那、目を閉じる。


閉ざされた視界とは裏腹に、外界の全ての音が獣の感覚を呼び覚まし、鼓動が早鐘を打ち始める。


その本能の疼きとともに体内を駆け巡る、一抹の情。うたかたのように儚くも、けっして翳り消えることはない彼女の心・・・・・・。


ノエルは静かに目蓋を上げた。


その目には確かな炎が宿っていた。










「Buon giorno! 今日からこの居住地の高校に赴任することになった。ノエル=デイビスという。専門は声楽。よろしく頼む」


教室がにわかにざわつく。中でも目を見開いて呆然と固まるジェイコブに、青年は薄い笑みを浮かべた。


―――おいウソだろ、こいつ・・・・・・っ


「出身はここだが、一番長いのはこの間まで住んでたイタリア。その前はフランスとイギリスにいた。まあ各国を旅してるってとこだ」


目の前にいる青年は確かにラプッシュに住んでいた。それも血族のひとりだったはず。


理由は詳しく知らないが突然姿を消してから、父親も周りのヤツらも彼については無言を貫いてきたから何も聞かされていない。


―――人狼、だったのか!?


ジェイコブに流れる狼の血が彼が確かに仲間であると告げていた。


ジェイコブが混乱の最中にいる間も、クールかつイケメンな青年教師は自己紹介を進めていく。


「なにか質問あるか?」


ここぞとばかりに女子どもが手を挙げる。


「彼女はいますか?」


「結婚はぁ?」


ノエルは人懐っこくニヒルに微笑んで左手をちらつかせる。


「Si,残念かもだが、既婚者だ」


えぇ〜と残念そうにする女子に苦笑しつつ、教師は自己紹介をさらなる衝撃で締めくくった。


「ちなみに相手は高校生だ。フォークスの高校に通ってるから、街で見かけるかもな」





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