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□Sempre nel cuore.
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沈黙が流れる。その重い空気に逃げ出しそうになったとき、待ちに待った声音が響いた。
「アイリーン」
黒のロングコートと漆黒の髪が視界に入るとアイリーンは思わず駆け出した。
大きな胸に飛び込んで顔を埋める。
身体が震える。自分の正体がバレてしまう。拒絶されることが何よりも怖い。
熱くなる目頭を押さえながらアイリーンはキリリと唇を噛み締める。
ノエルは一瞬驚いた素振りを見せたものの、飛びついてきた小さな身体をしっかりと受け止めて、両腕に閉じ込める。そうして状況を理解すべく四方に視線を巡らせた。
勤務先の高校が早く終わり、アイリーンが心配になって見に来てみれば。この状況はさすがに。
カレンたちは人狼がフォークスに入っていることに思いっきり嫌悪感をあらわにしているし、おそらくアイリーンが負わせたと思われる怪我をした野郎とその仲間たちは呆然と第三者の自分を見る。
「とりあえず、そこのお前たち」
ノエルは落ち着かせるようにアイリーンの髪を撫でながら、転がる男たちに目を向けた。
「不問にしてやるからとっとと去れ。それと退学になりたくなければ、今のことは口外はするな」
ノエルは教師として凄みを帯びた剣幕で言う。震え上がった男たちが転びながら走り去っていくのを見届けて、ふうと息をついた。
「アイリーン、怒っていないから顔を上げろ。そこの彼女を助けようとしただけだろう?その場にカレンたちが出くわした」
それだけだ。大丈夫、バレてないさ。カレンたち以外には。
『ごめん、なさい・・・』
くぐもっていてか細い声が震えている。ノエルは無言で左手の指先でアイリーンの目尻にたまる涙を拭った。
カレンたちに向き直る。刹那、ヴァンパイアたちの瞳と銀の瞳が絡まりあった。
「説明することがたくさんありすぎるな。だがここじゃ話しにくい。とりあえず、そこの彼女。イザベラ=スワンか?」
エドワードがベラを守るように身構える。その様子から察するに間違いないらしい。彼女がそうか、人間でありながら望んでヴァンパイアの恋人になった変わり者は。
「そう睨むな。オレは確かに"狼"だが、サムの"仲間"じゃない。フォークスには昨日戻ったばかりだし、協定にも関わっていないから市街地に入っても文句はないはずだ」
カレンたちは疑うような視線のままだったが、サムの名前を聞いたベラは、おずおずと返した。
「なぜ私を知ってるの?」
「なぜと言われても。ジェイコブは知ってるだろう?彼から聞いた。俺の教え子にだから。高校の」
ベラは口をあんぐりさせて、唖然と呟く。
「高校、教師・・・? ジェイコブの先生?・・・もしかして、アイリーンの恋人ってあなた!? それも人狼!?」
「・・・・・・アイリーン、もう話したのか?――まあいいが。その人狼の俺が言うのもなんだが、そこまで驚かなくても。Ms.スワン、君の彼氏も普通の"人"じゃないだろうに」
ノエルは可笑しそうにくつくつと微笑んだ後、不意に真面目な顔つきになる。
「俺はカレンを敵視していない。人間を襲わないなら、むしろ友と同じだ。まあカレンが俺のことをどう思うかはわからないが」
『・・・・・・ノエル』
不安げに見上げてくるアイリーンに、ノエルは優しく微笑み返す。慈愛に満ちたその銀の瞳は秘めたる決意を孕んでいた。
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