『ANGEL and DEVIL』
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「ふふっ……ははは……」
先に進もうとした悟空を止めたのは、後ろから聞こえた八戒のどこか楽しそうな笑い声。
妙に思って振り返ると、先程まで木に凭れていた八戒が身だしなみを整えて地面に立っていた。
「あんた………」
「少しは痛みますが、立てないほどではないですよ」
そう言って微笑む姿に、悟空は違和感を覚える。
先程まであった八戒からの鋭い気が、まったくと言っていいほどなくなっているのだ。
「……本当は、もう分かっていたんですよ。三蔵は貴方を選んでしまった。僕が貴方の存在に気付いたときには、もう貴方に渡してしまった後でしたから……」
「………渡す?別に三蔵から何にももらってないけど…?」
悟空の言葉に、八戒はさらに可笑しそうに笑い声を上げた。
悟空はわけがわからず、金の瞳を開いたまま八戒を見つめるだけである。
「ははっ、すみません。まさか知らないとは思わなかったので……」
「いったい…何のこと言ってんだよ」
「………きっと三蔵は照れ臭くて言ってないんでしょうね。あの人らしいです……。せっかく貴方と二人きりで話も出来ましたし、特別に教えてあげますね」
ナイショですよ?と微笑まれ、悟空は何のことかわからないまま小さく頷いた。
「貴方、三蔵とキスしたでしょう?」
「なっ////!?」
予期せぬ突然の言葉に、悟空は顔を真っ赤にして言葉を紡げないでいた。
「あ、もう返事はいいですよ。貴方の反応、わかりやすすぎですから」
先程の強さを見せ付けられた姿からは想像も出来ないような子供っぽい仕草に、八戒は知らず笑みを浮かべていた。
八戒の言葉に、悟空は恥ずかしさから顔を上げることが出来なかった。
「天界では、口づけ……つまりキスは、神聖なものなんですよ。自分が永遠を誓う相手としか、天使はキスをしません」
その言葉に、悟空は弾かれたように顔を上げた。
八戒の顔には、柔らかな笑みが浮かんでいる。
「キスによって自分の気を相手に渡して、永遠を誓うんですよ。それによって伴侶同士が繋がりをもつんです。三蔵の気は独特ですからね。僕くらいの天使だったら、それを渡した相手を見れば分かります。渡された気は、お互いの想いが深いほど綺麗な色をしているんですよ」
そう言って、八戒は自分の心臓の真上を指差した。
「ここに、綺麗な紫の光が見えます。それが、貴方に渡した三蔵の気ですよ」
そう言われ、悟空は自分の胸を見下ろしてみた。
それと同時に、心臓の位置からふわりと光が浮かび上がる。
「見えるでしょう、綺麗な光が。それが三蔵の気ですよ。貴方に渡されたものです」
八戒を再び見上げると、その手は悟空に向かってかざされている。
その手が下りると、胸にあった光も緩やかに見えなくなっていった。
「……僕がここに来たのは、貴方の本気を見たかったからです。三蔵のことを本当に任せられるかどうか。それが知りたかった」
八戒の表情に、綺麗な笑みが浮かぶ。
「貴方と会ってみてわかりました。貴方になら、三蔵を任せられる。いえ、貴方以外に三蔵を頼める人はいません」
真っ直ぐに立つ八戒が、悟空に向かって会釈をする。
「三蔵のこと、お願いします」
「………俺はさ」
少しの沈黙の後、悟空の声に八戒が下げていた頭を起こした。
「俺は、三蔵にとって……天界の統率者にとって、不利になるだけかもしれない。それでも……」
ふわり。
悟空の顔に笑みが浮かぶ。
「三蔵が好きだって気持ちだけは、誰にも負けない。三蔵は、絶対に幸せにするから。絶対に、不幸になんかしない」
その言葉に、八戒も柔らかな表情を浮かべた。
「………三蔵の選んだ人が、貴方でよかった」