Short novels

□天花粉
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「さんぞ?」

呼ぶ悟空の声を無視して、壁際にある棚へと近付く。
その棚の余り使わない引き出しを引っ張り、その奥を探る。
確か、昔にどこかの檀家から貰ったはずだ。
夏の暑さに負けないように、とのことだったはずだが、生憎と三蔵は汗疹とは縁のない人間だった。
そして、それを見つける。

「なに?それ」

棚から取り出したものを、悟空が不思議そうに見つめる。
それは丸いプラスチックの容器に入っており、白い容器からは中に何が入っているかは窺えない。

「天花粉だ」
「てんか…ふん?」

初めて聞く単語を、三蔵の後に復唱する。
けれども、その意味についてはサッパリのようだった。

「後ろ向け」

三蔵の言葉にどこか不思議そうに首を傾げたが、すぐに言うとおり後ろを向く。
三蔵は白い容器の蓋を取り、そこから現れたパフに粉を付ける。
それを右手に持って、左手で首の後ろに掛かっている茶色の髪を左右に分けた。
そして、パフについた白い粉を汗疹の部分にポンポンと付けていく。

「な、なになにっ?なに付けてんの?」
「動くな。髪にも付くだろうが」
「えっ、えっ?」

悟空はワケが分からないままに、三蔵に従う。
痒い首の後ろの部分に触れる、柔らかな感触。
それがだんだん痒みよりも温かな気持ちよさを呼んで、悟空は目を瞑ってその感触を堪能した。
けれども、その感触はすぐに逃げてしまう。

「おら、もういいぞ」
「えっ、もう終わり?」

言外に、もう少ししてほしいとねだる。

「付けすぎると、首が真っ白になるぞ」
「えっ、白くなんの?」

その言葉に、悟空はようやく三蔵のほうへと向き直った。
三蔵の手には、先ほどの白い容器と柔らかい感触の原因だった白い粉の付いているパフ。

「この粉がテンカフン?」
「そうだ。まあ、汗疹に付けるもんだな」

そうか〜、と悟空が納得する。
どこか新しいオモチャを発見したように目を輝かせる悟空の前で、三蔵がパフを容器の中に仕舞って蓋を閉めようとした。

「もう仕舞うの?もうちょっと付けてよっ!」
「はぁ?もうあれだけ付ければ十分だ」
「三蔵には十分でも俺には十分じゃないっ」

悟空が妙な屁理屈をこねて、三蔵の持つ天花粉をねだる。
今にも容器を奪いそうな悟空に、三蔵は悟空には届かないように容器を持つ手を上に上げた。
悟空はピョンピョンと飛んで容器を取ろうとするが、あいにくの身長差で手は掠めもしない。
もう少しで届きそうというところで、三蔵が更に高く容器を上げるのだ。
そんな三蔵との攻防に、悟空は当初の「天花粉を付けてもらいたい」という目的は頭の中から消え去っていた。
 
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