裏小説

ho si a na
1ページ/1ページ

茶味がかった肩口で切り揃えられた髪、半袖のカッターシャツに校章が左胸に刺繍されたセーター、紺のプリーツスカートが髪同様日に当てた事が無い様に痛みの無いまっさらな白い太股までを覆う。時代錯誤な白いルーズソックスは卸したての堅いローファーにもったりとわだかまって重そうだ。少女に固を示す名前は在らず、1と数を数えるに適した番号が振り当てらていた。
中学生の少女が無意味に整えられた爪を手の平にくるんだ。それは走りだす前の力を溜める様な力む動作に見えたが、眉一つ動かさない少女に、手を動かしたのを視覚だけが認知する。少女の髪がさわりと風もないのに騒ついた。
正面で興味深そうに少女の頭の前から爪先に視線を往復させている少年に、少女の毛先から電撃が爆ぜて迸った。少女が放った電撃は少年の、少女の陽光を知らない肌より白い肌に触れた刹那、描いた軌道を逆流して少女の肩を火花を散らして焼いた。肉の焼けた臭いが、狭い実験場を占拠していく。
肩から血を流す少女は悲鳴すら漏らさない。無表情のまま再度迸った電撃が波線の残像を残して細い足を膝で焼き切った。
反動を片足で流しきれず自らが作った血溜りに膝をつく。中心から白い棒をのぞかせ熱を持っていたのが徐々に感覚を取り戻していくのに、少女の表情に初めて変化が現れた。苦痛に僅かに寄せられた眉、額にはびっしりと脂汗が浮いている。
これは破損だ。負傷ではない。冷静に回転する思考とは反面、空気に触れただけでも傷口から激痛が走る。押し殺した声は重く深い息になって吐き出された。床に跳ね返ってくる息が熱い。初めて識る知識外の痛みに、歯を食い縛った。自分でも、床に倒れずよくぞ座り込むにとどまったと思う。
「ミ、サカは……」
急激に血を失って擦れる声に、少年の気がたつ。心臓を鋭く尖れた爪で引っ掛かれた様な、気持ち悪さに舌打ちをした。
実験が始まってからまだ一分と経っていない。経っていないというのに既に少女が床に膝を折っているのに、ささくれだった心を逆撫でされて酷く不快だった。
少女が細く浅く鋭い息で少年の心臓を叩いた。電撃が一撃目と同じ箇所で煙をあげ、肩から先が床に広がる血の中に落ちた。
肩から足からとめどなく血を流す少女は既に虫の息だった。脆い生命が今にも絶えようとしている。
どんなに力を込めても指先すら思うようにならない。一言も喋らない少年に視線をやる。それすら労を要した。緩い倦怠感が全身を蝕んでいく。
動くのを止めた体とは違い、頭の中は“次”に備えて考えるのを止めない。死への恐怖は微塵もない。自分は役割を果たしたという達成感の方が強かった。自分が触れ、思い、感じた事は、少しずつ少女の中に募っていく。募り募ったそれらの経験は、決して無駄にはならない。
少女は少年から視線を外して目を閉じた。胎内で心音を聞いて産まれる赤子は、心音に安堵するという。篠突く雨に似た耳鳴りの中で余りにも弱い鼓動を拾うと安堵が急速に近づいてきていた。有り得ない現象に四百四病だろうか、身体が震えた。
「き……ょうは、さ…………む、いで…………す……ね……」
声は言葉になったか危うかった。肺が十分に酸素を得られず、喉から空気が抜けてヒューと擦れた音がした。
音は少女のか細い息遣い以外他にない。それも直ぐに絶え絶えになって、遂には胸部の動きが止まった。
「建物内は一定の温度に自動調節されてンだぜ」
身動ぎ一つしなくなった少女を、少年は静かに見下ろしていた。静かにといっても、それは音だけの事であって、少年の纏う空気は、四分五裂となって不穏に蠢いている。悲しいのか、虚しいのか、怒ればいいのか、楽しいのか、どうでもいいのか、少年自身にも分からなかった。
「寒いわけねェじゃねェか」
無表情。無感情。単価十八万円の少女。
研究室の培養機で人工的に非人道的に作られた少女は、生まれて一月もせず、生まれた理由に微塵の疑いも抱かない内に、あっさりと死んだ。
殺された。殺した。俺が。
「そうですね、とミサカは肯定します。寒いのは大量の失血からくるもに過ぎません」
背後から機械音声の様にブレのない少女の声がした。振り返った先に居たのは、己と瓜二つの死体を見ても、顔色一つ変えない少女の姿だった。
馬鹿らしい。少年はかぶりを振った。日本人には有り得ない白髪が暴風の様にざわざわと耳元で防壁を作る。馬鹿らしい、どうかしている。
「第二実験を開始します」
アレを1人2人と勘定するなど、どうかしている。











.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ