進撃の巨人

□水曜日の天秤
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水曜日の天秤



気の食わない奴でも、目の付けどころは同じらしい。
その事に気付いたエレンは溜息を吐いた。
15時少し過ぎ。駅構内にあるドーナツのチェーン店の垂れ幕に踊る文字。「10個で1000円」
エレンの隣を歩くのは職場仲間のジャンだ。
ジャンとエレンは何かにつけてライバル意識があり、またどこか気が合わないという間柄だった。
暴言混じりの言い合いはしょっちゅう、手足が出る事も珍しくない。喧嘩するほど仲が良いという言葉もあるが実際にはどうだろうか。
エレンとジャンの双方の間では真剣勝負でも、最早その派手な争いは職場仲間の間では日常の風景とまでなってしまっていた。
珍しく電車での営業回りをしていた二人は駅構内のドーナツ店でふと、立ち止った。
「これは、どれを選んでも10個で1000円なのか?」
「…って書いてあるだろバカ」
二人は店の方へ近付いた。
「おいジャン、これ買ってって店に差し入れようぜ。」
「おお、いいぜ。サシャががっつくぞ〜」
珍しく意見が会うこともある。これがスイーツの持つ魔力か。
ショーケースがライトで照らされ、中のドーナツの美味しそうな見た目をより一層引き立てている。
既に店内はそれなりに客が入っていた。主婦や高校生のグループといった女性客が多い中、良い年をした若い男であるエレンとジャンは少し浮いた存在にも見えた。
(どれにすっかな〜。甘い系もいいけど、おかずっぽいのも欲しいよな〜。)
エレンはショーケースを真剣な眼差しで見つめる。
隣にいたジャンはドーナツをいくつか指さしながらブツブツ独り言を言っていた。
「ジャン、俺らで折半するんだから選ぶのは一人5個ずつな」
「言われなくても分かってる!お前は決まったか?俺は決まったぜ!」
ジャンの指さした商品はどうやら甘い系統のドーナツのようだ。楽器店の女性スタッフ受けもちゃっかり意識しているような選択である。
(じゃあ俺はハンネス店長とかライナーが好きそうなチョイスにするかな…よし、)
大体の目星は付けて、後はノリで選ぼうと決めた。
すみません、と店員に声をかけようとした矢先
「すみません」
聴き覚えのある声がエレンの耳に入って来た。
出かかった言葉を飲み込み、思わずぎくりとする。
聴き覚えのある声は淡々とした口調で店員にオーダーを告げていた。
シュガーにチョコにストロベリーにクリーム…どれも可愛い甘い系のドーナツばかりである。
10個言い終わり、店員がドーナツを袋に詰めている間の束の間の待ち時間、その声の主の視線がエレンに突き刺さった。突き刺さっているように感じた。
パリっとかなり仕立ての良いスーツを着こなしていても女子高生の群れに混じっていて気付かなかった…
「リヴァイさん…?」
クールな印象の彼がドーナツのチェーン店でドーナツを10個も買っている姿は、エレンが抱いていた従来の彼のイメージと少し離れていた。
ひょっとしたらこっそりお忍びでドーナツを買いに来ているのかな?などと勘繰ってしまう。
「…エレンよ、俺がドーナツを買うのはそんなに可笑しいか」
ぽかんとしているエレンにリヴァイは少し笑いながら言った。
「今から仕事だからな…。今日の晩飯代わりにする。」
1000円札を財布から出し、店員に渡す。
「ええっ!ドーナツが食事?バランス悪すぎですよ!」
「うるせぇ」
リヴァイは店員からドーナツの箱を受け取るとエレンの肩をポンと叩いた。
「じゃあな、」
そして颯爽と歩いて行ってしまった。
(仕事モードのリヴァイさんさすがキマってるな〜。同じスーツ姿でも俺との差が激しすぎるだろ…。まじ良いスーツ。かっけ〜)
エレンの脳内はドーナツそっちのけで恋人の事を絶賛していた。
(っていうか、あんなカッコいい人と俺は付き合ってるのか…。つり合いが取れてないような…いや、そこは愛情でカバーするとして…)
(いや〜まじかっこいいわ。で、あのかっこよさでドーナツ持ってるのがまた良い!かわいい!)
「おいエレン」
ジャンがエレンの頭を叩いた。
「いでっ!なにしやがる!」
「何だ今の人、お前の知り合い?」
ジャンはエレンをじろじろ見ている。まるで本当につり合いが取れてないと言っているような目だ。
「え、ああ。あそこのジャズバーのピアニスト。」
「まじで!?お前の顧客?」
「いや、俺じゃなくてハンネスの…」
バーのピアノの調律をハンネスが担当しているのだ。
エレンは調律師見習いとして何度かハンネスとバーに訪れている。
リヴァイと出会ったのもそこだった。彼がピアノを弾く姿は脳裏に焼き付いている。とても美しく。
家ではなかなか…というか全然聴かせてくれない彼のピアノ。
「…仲良い感じだな、」
「お、おう…」
否定はしない、そう心に決めたから。
ふーん、とジャンはそれ以上追及してこなかった。
そして思い出したかのようにドーナツを注文し始めた。


ドーナツ差し入れです。よかったらどうぞ


楽器店の事務所にメモを置いた。
その5分後にサシャがやってきて、10個中9個を瞬く間に平らげ、なんとか死守した最後の1つは店長の腹に収まったのだった。


fin

リヴァイさんは甘党。
さすがに1人で10個は食べないので、適当にペトラとかオルオとかと一緒に食べるのです。



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