進撃の巨人

□土曜日、見つめる瞳
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土曜日、見つめる瞳



そこは雑踏の少し外れのビルの地下にある。
エレンは黒くて重い鞄を2つ両手に持ってハンネスの後ろを歩いていた。
地上はきつい日差しが照りつけていたが地下に入ると人工的な明かりが少しうす暗くそこを灯していた。
(くそ…重っ)
その鞄はとても重かった。
ついでにエレンの気も重い。
そして目的地に着く。こじゃれた木の扉をハンネスが開けた。ちなみにハンネスは悠々と手ぶらである。
「どーも!いつもお世話になってます!調律です!」
ハンネスはエレンの気の重さに気付く訳もなく、躊躇い無く店の中に入った。
そう、そこはエレンの恋人であるリヴァイが働いているジャズバーだ。
その店内にあるピアノの調律をするために訪れたのだ。
中に入ると長身の金髪の男が出迎えた。オーナーのエルヴィン・スミスである。
「こちらこそ、今回もよろしくお願いします。…おや?」
エルヴィンの視線がハンネスの後ろでよろよろと鞄を持っているエレンの方へ向いた。
「君は…確か」
エルヴィンの瞳が興味深げに揺らめいた。
「あ、俺は見習いのエレン・イェーガーです!」
鞄を下ろしてお辞儀をした。今日エレンはハンネスの見習いとして調律に同行しているのだ。
ハンネスはピアノのある方向へ歩きだした。
「じゃ、早速始めますんで!…弾いててどこか気になる所とかありましたか?」
「うーん、リヴァイは特に何も言ってなかったな。私も聴いてて何も違和感は無かったよ」
店の少し奥の方にそのピアノはある。
ウォルナットの木目が美しいグランドピアノだ。年代物らしく鍵盤は今や使われなくなった象牙を使っている。
いつもリヴァイが見て、触れている仕事道具であり相棒。
エレンは仕事中のリヴァイの姿はまだ1度しか見たことが無い。その1度は初めてエレンとリヴァイが出会った時でもあった。
エレンは重たい鞄を再び運びながらうっとりとピアノを見つめる。
そして艶出し加工がなされているピアノの外装に自分の顔が映った。
じぶんのうっとり顔はそれなりに緩みきってダサかったので、気持ちを切り替えて仕事に専念することにした。
やる時にはやる、それが男というものだ!

エレンは見習いなのでまだ実際に客の楽器のメンテナンスは出来ない。
ハンネスの熟練した技術を間近で見ながら、手伝いながら学んでいるのだ。
その作業の途中で不意にカウンターの所にいたエルヴィンがエレンを呼んだ。
「何でしょうか?」
「暑かったろう、作業の合間に飲んでくれ」
カウンター越しにトレーに乗った2つのグラス。
氷も入ってキンキンに冷えたアイスコーヒーだった。
エルヴィンはトレーを渡しながらエレンに微笑みかけた。
「また夜に…営業時間中にも店に来てくれ。みんな君の事が気になっているようなんだ。」
「え、あ…はい。でもなんだか俺みたいなのが一人で来るのは少し敷居が高くて…」
社会人1年目で見習いの身であるエレンの懐具合は、お洒落なバーよりも居酒屋向けだ。
「まあ、こっちはいつでも待っているよ。楽しみにしている。」
エルヴィンは笑いながらエレンを作業中のハンネスの元に戻るように促した。

調律を初めて1時間を過ぎる頃。
「よし、こんなもんかな」
ハンネスが最後の鍵盤の調節を終えた。
そして漸くエルヴィンが用意したアイスコーヒーに口を付けた。
店内は空調もきいているのでまだ冷たいままだ。
「エレン、ピアノ拭いておけ。で、何か弾いてみろよ」
「…わかりました。」
ハンネスはアイスコーヒーを飲みながらエルヴィンの所へ喋りに行ってしまった。
グランドピアノは大きいから拭くといってもそれなりに重労働である。
この鍵盤をリヴァイが触れているとか、この椅子にリヴァイが座っているとかそういう邪念はなるべく排除し、考えないようにしてエレンはピアノ拭きに専念した。
するとカウンターの方がざわついた。
「ああ、リヴァイ。丁度良い所に来たな!」
エルヴィンが快活に笑い、早くピアノの所に向かうように促した。
その声にエレンはハッと顔を上げた。
「リヴァイさん!」
「…エレンか。」
リヴァイはいつもの仕事用の仕立ての良いスーツ姿だ。隙が無くばっちりキマっている。
対してエレンはTシャツにジーンズ、そしてエプロンという姿だ。
リヴァイはカツカツと靴を鳴らしながらエレンの所へ近付き、肘をピアノにゆったりと置いた。
「あ、あの!丁度調律が終わったので、リヴァイさん弾いてみられますか?」
エレンの問いにリヴァイは少し思案し首を横に振った。
「えっ?」
「エレン、お前が弾け。」
「で…でも…!!いつもこのピアノ弾いてるのってリヴァイさんでしょう?」
「…だからだ。たまには他人が弾く音を聞いてみたい。」
エレンは内心、かなり焦っていた。
まだハンネスとエルヴィンだけだったら、ここまで焦っていないのだけども。
リヴァイが来てしまったのは計算外だった。
リヴァイはクイっと顎をしゃくって、早く椅子に座るように無言で促す。
こうなるともうエレンは抵抗できない。
仕方なく手にしていた拭き布を譜面台の所に置き、すごすごと椅子に座った。
立っているリヴァイがエレンを見下ろす。そしてその様子を察知したハンネスとエルヴィンも視線を向けた。
(やる時にはやる…それが…男というものだ…!!!)


「…。」
「……。」
「………。」
こういう空気になることは、エレンはなんとなく予想は出来ていた。
涼しいはずの店内なのに額には汗が滲んでいたのに対して、手足は氷のように冷たかった。
おそるおそる視線を上げてリヴァイを見る。
ああ…瞳孔が開いているよ、リヴァイさん…
「エレンよ…」
「…はい」
「今のは…何だ。」
もう察して欲しい。終わってしまったものはしょうがないから、もう触れないで欲しい。
そんなエレンの願いは虚しい。
「すみません…やっぱり俺には小犬のワルツなんて無謀でした。」
「小犬のワルツだと…?俺には豚の盆踊りにしか聞こえなかったぞ」
そのリヴァイの言葉にエルヴィンが噴き出す。
エレンはうなだれた。
「その…自分の十八番の曲ってのを作りたくて…練習中だったんですよ…」
「練習中の曲を人前で弾くか?」
「だって…これしか弾けないんですもん!!」
リヴァイは呆れながらも、エレンの姿がしょげかえった犬のように見えた。
「まぁ…しかし、音は良かった。」
ハンネスがニカっと笑った。しかしエレンのフォローにはならない。
エレンはまだうなだれたまま、顔を上げなかった。
リヴァイは溜息を吐き、エレンの黒髪に手を置いてぐしゃっと掻き混ぜた。
「エレンよ…」
「はい。」
「1年だ」
エレンは顔を上げてリヴァイを見つめた。
「1年待つ。来年の調律はお前がやれ。それで試弾もお前だ。」
「リヴァイさん…!」
「だが、来年もまた盆踊りを弾いたらクビだからな。覚えとけ。」

「クビっておいおい…勝手にお得意様減らされちゃ困るんだが。」
二人を見つめながらハンネスが苦笑した。
エルヴィンも興味深げに、すこし悪戯心のある瞳で見つめている。
「リヴァイがあのピアノを調律師以外の他人に弾かせるとはな…。少し前までは調律の後も自分で弾いていたのに。」
「あ〜。そうだったな。」
ハンネスは調律を請け負うようになった初期のころはリヴァイからの要求の多さに正直辟易したこともあった。
あと、彼の潔癖さも参ったが…
と思ったところで案の定エレンがリヴァイの鉄槌を食らっていた。

「手の脂をベタベタつけるな。汚ねえ。」
「スミマセン!だって拭いてた途中なんですもん!」
「てめえの目は節穴か!角度を変えて見ろ!まだココに指紋が付いてるだろうが!拭け!」
「え?どこですか?アッ!痛い!」

「なんだか見ている分には微笑ましいな。」
エルヴィンが呟いた。
「まるでバカップルだ。まったく…リヴァイも変わったもんだ。」
その二人を見つめる視線はどこか曰くありげのようにも見えた。



fin...


エルヴィンはリヴァイと過去に何かありました。




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