『君を表す花の名は』
棒とお蓼(たで)は逢瀬を繰り返した。
と言っても蓼はあまりにも物を知らないので、いろんなものを教えながら歩き回るだけだ。
だが二人ともその逢瀬をとても楽しんだ。
一方、用はいつも尾行を撒かれていらいらしていた。
(いつも同じ場所で撒かれる、あそこに一体どんな秘密があるって言うんだ)
あのあたりには家屋があるわけでも畑があるわけでもなくただ白い花が咲いているばかり。
そんなところに何の用があって、しかも自分を撒けるのか全く分からない。
今日もやはり同じところで撒かれてしまったのだが、この日は少し違った。
『用三郎さま…』
どこからともなく声が聞こえる。
「誰!?」
用は油断なく身構えた。
『蓼と申します。用三郎さまですね、いつもわたくしのあとをおつけになって…』
別に咎めるわけではない口調だったが、用はカチンときた。
「棒は僕らの仲間なんだ。心配しちゃいけないの?」
『いいえ…』
「それより姿、見せない気?どうやって隠れているのか知らないけど、失礼じゃない?」
『お目にかかりたくても叶いません』
声は悲しそうにそう告げた。
「どうして」
『お気づきかと思いました。あなたの足元に咲く花。それがわたくしですから…』
「はぁ?…棒ならいざ知らず僕をそんな手でだまそうったってそうはいかないよ」
『信じていただけなくても事実は変わりません。姿をお見せすることも出来ません』
「だったらなんで棒には会えるの?」
『日が昇っている間だけ人の形をとることができるから』
「日が沈んだから今日はもう人になれないってこと?」
『いいえ。もう人にはなれません』
「え?」
『花の寿命が尽きます』
足元に咲く花。
白く風に揺れているこの花は
「蓼すみれ?」
用はしゃがんで花をよく見た。
確かに花は寿命を全うし次世代に命をつなごうとしている。
『はい、それが私の本当の名です』
「それで蓼と名乗ったんだ」
おかしいと思ったんだ。
と用は声に出さずつぶやいた。
蓼という植物は苦味がありとても食べられたものではない。
昔から蓼食う虫も好き好きと言うので、いざ嫁にもらうとき婿側があんな娘をと後ろ指差されそうな名である。
そんな名をわざわざつける親もそういまい。
蓼すみれという名は葉が蓼によく似ているからというだけで、実際は白く美しいすみれである。
『ヒトは勝手に私たちに名をつける』
花はなんだか自嘲気味にそう言った。
いや実際に嘲笑しているのは人間か。
「で、僕に用があるんでしょう?」
『はい。泰之丞様に伝えていただきたいのです』
花は遺言を告げようとしている。
そんなに大事なことどうして本人に伝えないんだと用はますますイライラした。
続く