『深き森の奥に君は』



棒は急に出かけるといって宿を出た。
目当ての女人が迎えに来たようだ。
用はチャンスだと思った。
尾行の苦手な心を置いてさっさと棒について行く。
すぐに棒は女と合流した。
(やっぱり好きな人ができたんだ)
それならそうと言ってくれればいいのに。
棒がなぜ秘密にするのか分からない。
もしかしたら女の方が口止めしているのかもしれない。
彼女は年齢的に用と同じくらいなようだ。
肌は白く美しい顔立ちをしているが、何か違和感があった。
(なんだろう?何か人間じゃないみたいな…)
もしかして棒は狐か何かに化かされているんじゃないだろうか。
ふと変な疑問が浮ぶ。
(いや、棒じゃあるまいし。ばかばかしい)
すぐにその考えを振り切る。
(それもひっくるめて確かめなきゃ)
不思議大好きな棒のこと、そんなヘンテコなことを引き寄せてもおかしくない。
二人はさほど大きくないこの町で観光をしているようだがやはり様子がおかしい。
女はまるで何も知らないようだ。
人の営みそのものを知らないかのように何でも説明してもらっている。
全てが珍しいようだ。
(変なの。記憶喪失なのかな)
町のいろんなものを珍しそうに見学し夕食を済ませた二人は町のはずれで別れた。
もちろん用は女を追う。
しかし不思議なことに女は町から出て山に入っていった。

女はさらに山の奥に入ってゆく。
こんなところに家はない。
(尾行が気付かれて撒こうとしているのか?)
そんな疑問も浮かんでも、今はついて行くしかない。
だが、彼女が大きな木の陰の死角になったとたん、忽然と姿を消した。
用は完全に女を見失う。
まさかという思いが用を駆け巡った。
ただの女子に自分を撒けるはずがなく、彼女はどう見ても忍びではない。
(一体何者なんだ、あの子―――)
呆然とする用の足元には白い蓼菫が風にほんのり揺れている。

『君を表す花の名は』に続く

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