Bittersweet Stories
□それからの話
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「…お!」
懐かしいと言うにはまだ早い、聞きなれた声に耳が反応する。
「…あ」
ちょっとだけバツの悪そうな顔で、彼…ドンワンは私に小さく笑いかけた。
昼下がりのカフェ、その雰囲気に似合わないむさくるしい集団。どうやら仕事のインタビューでこのカフェを使うらしい。
「ひさしぶり!」
そう言って笑う彼の笑顔で、一瞬の緊張が解ける。
「そだね。…元気だった?」
「うん、まぁ、普通に」
顔を見合わせて、ふふふ、と笑いあう。
すごいなぁ、って思う。
付き合ってる時はどんなに好きでも会えない時は全然会えなくてやきもきしたり悩んだりしてたのに、別れた途端こんなにもアッサリと出会えてしまう。
これも一種の腐れ縁ってやつなのかな、なんて思ったり。
「ここ座っていい?…今日は仕事は休みなの?」
自分の仕事はいいの?って思ったけど、なんだか撮影もするみたいで、カメラのセッティングなんかでまだ準備は整ってないみたいだ。
テーブルに広げて見ていた雑誌を閉じる。
表紙にデカデカと「女の占い'07」と書いてあったので、さりげなく雑誌を伏せて裏表紙にする。
「あ、うん、有給が溜まっててね、休み取ったの。これからブラっと買い物でも行こうかなって思って…」
「へー」
「ワニは?」
つい昔の癖で「ワニ」と呼んでしまった。
その呼び名に一瞬彼はピクリとする。
…私も迂闊だけど、ドンワンも敏感すぎるような気がするなぁ…
「…あ、あの、うん。仕事でインタビューと撮影をここで」
「お邪魔かな?私出ようか」
「ああ、こっちまでは写らないしいいよ、気にしないで」
「うん。…あ、そういえば」
「ん?なに?」
そういえば。
あまり気にしてなかったしどうでもいいかってほっといた、先週私に起こった出来事を思い出した。
彼に言おうかどうしようか。
「あ、いや…いい。ここで話すような話じゃないから」
「え?なに?」
「うん…。ま、いいや」
「気になるな」
「私にとっては別にたいしたことじゃないんだけど…」
「え?余計わかんないよ」
彼が不思議そうな顔になった所で、同行していた人が彼の名を呼んだ。
「呼んでるよ?」
「え、あ、あ。…行く、けどあの、電話!電話する、あとで」
「…携帯変えちゃったんだけど」
「あ、あの、じゃあ、自宅!自宅に!」
そう言い残して、彼は狭い店内をスタッフらしき人の下へ駆けていった。
…別れた女の自宅の電話番号って、そんな覚えてるもん?
つきあってた頃だって、自宅の電話に電話してきたことなんて、なかったくせに。
別れてから知ることって、案外多い。