Bittersweet Stories
□BeforeSunrise
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いつも、どんな時でも、幸せの残像・残骸は人の心を傷つける。
春の日差しのような暖かさも、夏の太陽のような眩しさも、世界を彩る秋の紅葉も、冬の寒い海のような灰色が身体中を侵食していくような冷たさも知っているから、だからこそ最初の一歩と最後の一歩が、どうしても気が重くなってしまうんだ。
「うっわ!さっむー!」
夏の終わりとはいえ近頃は天気も悪く、夜は肌寒い日が続いていた。
車の運転席を出て砂浜に下りた彼女は、そう言いながら薄く短いジャケットのボタンを閉めて肩を竦めた。
そんな彼女の縮まった後ろ姿を目で追い、俺も助手席から降りる。
初秋なのに、風はもうこんなに冷たい。
「てゆーか、お前なんでそんな薄着なんだよ」
「だって東京は暖かかったんだもん!
それに急だったから準備も何もしないで来たし、こっち来てもどうせ車だと思ったから厚着いらないって思って。
てか、こんな寒いなんて思ってなかった」
「いや、寒いのはたまたま今日は天気が悪かっただけで…、こないだまでは結構暖かかったんだけどなー」
「そうなの?へぇー。
ていうか手が冷たー!
さっむ」
日本語で「さむいさむい」と言いながら手をごしごしと擦る彼女の手が、暗い中でも寒さで血色を無くしているのが見えた。
「そのジャケット、ポケットもないのかよ」
「乙女のファッションにポケットなんて必要ないんですぅ〜」
「ったく、しょーがねーなー」
女も大変だよなーと思いながら、着ていた厚手のロングパーカーを脱いで着せようとしたら、脱ぐ手前でそれを静止させられる。
「あ、だめだよ、脱がないで。
いま風邪引いたら大変じゃない。
ミヌはちゃんと着てて」
「男はいいんだよ、これくらい平気」
「だめだよ、風邪引いてる場合じゃないでしょ」
そう言いながら彼女は無理矢理俺のパーカーのファスナーをじゃじゃっと上げた。
嫌だとか避けたりしてるんじゃなくて、その行動が本当に俺の事を考えてしてくれた行動だと分っているので、あえてこっちもそのまま彼女の好きにさせることにした。