長編

□現在
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ザアアアアアア――
外では雨が降り、コンクリートの箱を叩いている。
その中の一つ、203号室の住人は箱の中でじっとしていた。

12時14分。
家事を済ませた私は寝床に横になっていた。
今日はいつもより早めに寝るのもいいかもしれない。
しかし眠る前というのはどうにも悪いことばかり考えてしまう。
帰省から戻ったばかりだが、会うたび老いていく家族のことを思い出す。
皆元気そうでよかったが、次も会えるとは限らないのだ。
いつか人は死ぬ。
ちゃんとお別れができるとは限らない。
それが……

――怖い、なぁ。

いつかひとりになってしまう時が……来るのだろうか。

――今もまぁ、ひとりだけれど。

友達はいる。
でも親友と言っていい人はたぶん……いない。
いつからか他人の前で自分が出せなくなった私は、上っ面だけで人と付き合うようになっていた。

――寂しい、なぁ。




12時32分。
チャイムの音がした。
丁寧な押しかただな、と思う。
この時間に関わらず私を訪ねてくる人に心当たりはない。
チャイムは一回では鳴りやまず、気味が悪く思った。
私は毛布にくるまって息を潜めた。

――ガゴッ!

固いものを壊したような音、と……足音。

「……っ!?」

誰かが部屋に入ってくる。

――怖い。誰?何が目的?

私の頭の中は恐怖と混乱で埋め尽くされた。
どうしよう、隠れる?大声を出す?
近づく足音は隠れる時間をくれない。
結局のことできたのは布団の中に隠れることだけだ。
外は寒いのだろうか。
息を吐く音が聞こえる。

「ナマエ、か……?」

やはり布団の中に誰かがいるのはわかるらしい。
低い、けれど若い男の人の声。
それが呼んだのは私の名前だ。
私に男性の知り合いなんてごく限られる。
何故私の名前を知っているのだろう。

「俺がわかるか?」

恐る恐る布団から目を出していく。
目の前には白い少年が膝をついてこちらに目線を合わせていた。
それは赤く、すがるような瞳だった。
首を振ると、少年は落胆したような表情を浮かべた。

「今の俺はただの不法侵入者だと思う。ナニもしねェから、出てきて話を聞いちゃくれないか」

その悲痛な眼差しは初対面の者に向けるものではなかった。




少年は痩せていた。
外は寒かったろうと思いお湯を沸かし、紅茶をテーブルに置く。

「……どォも」

目の前の少年を改めて観察する。
髪も肌も白い少年は瞳だけが赤い。
いわゆる三白眼というやつなのか、白目の割合が多くあまり人相はよろしくない。
整った顔立ちではあるのだが少し怖い印象があった。
少々不思議に思ったのは、雨が降っていたにも関わらず彼は少しも濡れていなかったことだ。
彼は紅茶に一口付けた後で言った。

「まずこれの年と日付、合ってるか確認してくれ」

携帯を差し出される。
西暦も日付も今日のものだった。

「……あってます」
「そォか……。オマエと会ったのは一年前だ。俺がアパートの前で体調崩してたところを世話になった」

私の名前であることには違いない。
しかし去年と言えどそのような出来事はなかった。
簡単に忘れるようなことでもないし記憶を喪失したこともない。
少年は怪訝な顔をする私を見上げてから、目を伏せた。

「覚えてねェ、よな」
「……し、知らない、んですが」
「続けンぞ。オマエは俺に1年間、部屋に住まわせてくれた」

か細い息が吐き出された。

「昨晩、オマエが死ンだ」

ぽつり。
静寂の中に響く水のような声音だった。
私は目を見開いた。

「さっき病院からの帰り、どォいうわけかいつも使ってた鍵が合わなくなったからなァ。ンで携帯を見たらよォ、日付が1年前に戻ってたンだ」

この人は何を言っているのだろう。
精神を病んでしまったのか?
話でも作って発表しに来たのか?

「どォいうことか混乱した。でもまた、オマエに逢えるなら……」

テーブルに置かれた彼の手は震え、カップを持つ私の手へと伸ばされていた。
触れることに躊躇いがあるのか、伸ばすけれど触れはしない。

――必要としてくれるのなら。

私はその手を握った。

「……ナマエっ」

俯いた彼の表情は伺えない。けれどポタポタと雫がテーブルに落ちた。

「私があなたの知るナマエかはわからないけど、それでいいなら」


此処にいて、いいよ。




To be continued...
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