短編

□甘いキスをくださいな
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休日の午後、一方通行はソファで新聞を読んでいる。
暇そうな恋人の姿に胸を打ちながらみょうじは近付いた。
今日はお願いがあるのだ。

「ねぇ一方通行」
「あン?」
「キスが欲しい…です!」

恋人からのキスのおねだりは可愛らしいものだった。
みょうじの頬は朱に染まり瞳は期待に輝いている。
一方通行はばさりと新聞を脇に置いて言った。

「どこに?」
「えっと、ほっぺがいいな」
「本当に?」

照れながら告げるみょうじに、一方通行はにやりと笑いかける。

「本当に頬でいいのかァ?」
「えっ……」
「口じゃなくて、いいのか?おなまえ」

みょうじは甘い誘惑に負けそうだった。
ねだるのも、甘えるのもいつもみょうじの方だった。
普段素っ気ない一方通行が口に、キスしてくれる。
そんな折角の機会を逃したくはなかった。

「じゃあ口でお願いします……!」

羞恥でいっぱいいっぱいになり、次第に尻しぼみになった台詞。
そんな彼女に、彼が告げた言葉は冷酷だった。

「……ハッ。誰がするかよ」
「ええ!?ここまで引っ張っておいて!?」

それはない!と憤慨するみょうじに彼は唇に浮かべた笑みの形を深くする。
それはわかりやすいほどに加虐的なものだ。
あぁ、一方通行はサディストなのだと彼女は悟る。

「オマエからするってンならイイぜェ?」
「わっ、私……から?」
「嫌ならイイけどよォ」

そう言うも一方通行は少し不満げな顔をしていた。
結局は彼もキスが欲しいのだろう。
ここで止めたら後で不貞腐れるかもしれない。
みょうじは腹を括るとソファの背凭れに手をついた。
背凭れに沈んだ手が安定すると覆いかぶさるような姿勢になる。
彼女の影が彼に掛かった。
そのまま距離を詰めていくのだが、一方通行の赤い瞳はじっとみょうじを見つめたままだ。

「目、閉じないの?」
「閉じたら顔見えねェだろ?」

一方通行の赤い瞳が愉しげに弧を描く。
楽しんでいる彼の様子に辟易しながらも顔を近づけていく。
こちらを見つめる熱い視線が、恥ずかしい。
だが、目を閉じてしまえばわからない。

彼の薄いそれに唇が触れた。
ただ唇を合わせるだけなのになぜこうも幸福感に満たされるのか。
あとは唇を離して、してやったりの表情を浮かべるだけ――のつもりだった。
離れようとした時、一方通行がみょうじの腕と後頭部を引き寄せたのだ。

「……ふ!?」

カンタンなキスのつもりが、角度を変え、より深い口付けへと変化した。
驚きに目を開けると悦楽に歪む彼の表情が見える。
柔らかいみょうじの唇を一方通行は貪るように口付けていく。

「ン…………」
「んむむー……!」

彼女が言葉にならない悲鳴で逃げようとしても、彼は離さない。
次第に息苦しくなり一方通行の堅い胸を叩くとようやく唇が離れた。
してやったりの顔をしたのは一方通行だった。
みょうじがぜぇはぁと荒い息をしていると彼はその背中をさすってやった。

「息くらいしろよ」
「……無理。長い。ばか」

その言葉に一方通行の胸に矢がグサリと刺さる。
苦しげなみょうじの表情に背筋が粟立つのを感じていたのだが一気に突き落とされた感覚だ。
でも自分は悪くない、そう信じて一方通行は慌てたように問いかける。

「でも、良かったろ?」
「…………あなたが、いつも素っ気ないから」

照れ隠しに一方通行のせいにしたみょうじ。
頬を赤らめてそう言う彼女の様子が可愛くて、一方通行はもう一度――今度は軽いキスを贈った。




end

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