短編

□砂糖、大さじ1
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包丁がまな板を叩く規則正しい音が聞こえる。
しばらくすれば部屋の中に美味しそうな匂いが漂ってくることだろう。

「……おなまえ」

ソファからいとしい恋人の名前を呼ぶ。
彼女はちらりと振り返った。

「なに?」

ちょいちょい、と手招きをしてこちらに来るように促してみる。
彼女は柔らかい表情で言う。

「これ作ったらね」
「……」

同じ部屋にいるというのに寂しい。
みょうじの華奢な背中が遠く見える。
構って欲しい。
一つ溜め息を吐いてその背中へと近づく。

「おなまえ」
「後でね」

振り返ろうとした彼女を後ろから抱き締めた。
シャンプーの甘い匂いがする。
そのままうなじに顔を埋めてすん、と鼻を鳴らす。

「……あ、一方通行」
「なンだよ」
「寂しいの?」
「……」
「今は……その、包丁握ってるしさ」

危ないから、ね?と諭すようにみょうじは言う。

「嫌だ」

それを拒否してみょうじの首筋にちゅ、ちゅと唇を落としていく。
それがくすぐったいようで彼女は小刻みに震えた。
一方通行は構わずうなじや肩にも口付けていった。

「ふっ……や、やめ……」
「おとなしくしてろ」
「…………、もう!」

みょうじの不満げな声とともにガツンという衝撃が彼の頭に訪れた。
同時に星が飛び散る。
みょうじは頭を前に傾けたかと思うと勢いよく後ろへ反らした。
彼女から頭突きの制裁が加えられたのだった。
一方通行の頭上でひよこが飛び交っている。
涙の浮かんだ目尻を擦った。

「……いってェ」
「ご飯作れないでしょ!夕食食べたらいくらでも構ってあげるから」
「……その言葉忘れンなよ」
「う、うん」

みょうじは料理を再開し、包丁の音が聞こえてきた。
一方通行はソファに戻る気にもならず、食卓の椅子に腰掛け彼女を見ていた。

「った、」
「どォした?」

みょうじの声に席を立って様子を見に行く。
指を包丁で切ったらしい。
白魚のような指からは鮮やかな血が流れていた。

「消毒液と絆創膏、持ってきてくれる?」

その声を無視し、一方通行はぺろ、とみょうじの指を舐めたかと思うと口に含んだ。
次に傷口を軽く吸う。

「……っ!?」

赤い舌、薄い唇の感触、白い睫毛、上目遣い気味の赤い瞳。
一方通行のそれらの要素が色っぽく感じられ、間近で目の当たりにしてしまったみょうじの顔が火照る。

「や、やめてよ……」
「勿体ねェだろ」

しばらくして傷口を舐めると一方通行は唇を離した。
傷は浅かったのだろう。
切り口から血は流れなくなっていた。

「ン……血ィ止まったぞ」
「……あ。うん…………」
「……どォかしたか?」

一方通行には無意識の行動だったようだ。
なぜみょうじが赤面し、ぼうっとしているのかわからない。

「熱でもあるのか?」

一方通行の手が彼女の額に近づく。
先ほどの彼の色気にあてられたみょうじはびくり、と一歩下がる。
近づくことでこの動揺がバレてしまうと思ったのだ。

「や、……大丈夫だから」
「……そォか」

気まずい沈黙が流れる。
一方通行はみょうじに拒絶されたショックにソファに戻り、倒れ込んだ。
前髪を掻き上げ考える。

――俺、なンかしたか……?

思い出すのは先程赤面したみょうじだ。
何かにうろたえる様子が可愛かったと、クッションに顔を埋めながら思う。
どうにもならない衝動をクッションに押しつけた。
彼は原因が自分にあることに気づいていない。




end

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