短編

□真夜中のララバイ
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※飲酒ネタなので成人済み設定。
なんでもないんですが、ネタがネタなのでR12





柔らかい朝日に照らされて目を覚ます。
いつの間に寝ていたのだろうか。昨晩の記憶が曖昧だ。
確か一人酒を飲んでる時にみょうじが訪れ……そこで目線を下へとやる。
どっと汗が吹き出た。
シーツにはみょうじがくるまっており、華奢ながら艶かしい肢体が覗いている。
幸い服は着ているが、ブラウスの胸元のボタンがいくつか開いていた。
慌てて自分の状態を確認する。
着衣の乱れは見受けられなかった。

「……」

絶対絶命である。
一方通行は隣で眠るみょうじに好意を抱いていた。
だからこそ慎重に仲を深めたし大事にしてきた。
しかしここにきて、関係を崩してしまったのだろうか。
まさか。一線を……?
一方通行の額から冷や汗がつたう。
彼は最悪の事態を想定した。
恋人同士ではないものの二人の付き合いは長い。
責任を取る気は十分にあるのだが、恐れているのは拒絶された場合だった。
もし、みょうじには欠片もそういう気がないとしたら。
この関係が終わるだけでは済まされない。
もし、無理やりに事に及んでいたなら。

――次に会う時は法廷だとか洒落になンねェぞ。

せめて悲劇が起きるなら先伸ばしにしておきたい。
一方通行はみょうじが目を覚ますまで待つことにした。

「……んぅ」

みょうじの寝息に一方通行はのけぞった。
この男、みょうじが起きることにすっかり怯えていた。
しかし修羅場が怖いだけではなかった。
彼は衣服越しに伝わるみょうじの体温や感触、穏やかな寝息に癒されていた。
どうか、と何者かに祈る。
この時間を少しでも長く、と。
しかし現実は非情だ。

「……一方通行?起きてたの?」
「おなまえ……」
「おはよう」

この状況にも関わらずみょうじは天使の笑みを浮かべた。
一方通行は若干怯えつつも天にも昇るような心地になる。
この笑顔を毎朝見ることができたらどんなに幸せだろうか。

「オハヨウ……」

ギクシャクと挨拶を返しつつも、昨晩のことを聞かずにはいられない。

「……なァ。あの、昨日……」
「あぁ、気にしてないよ、大丈夫」

そう言って照れながらみょうじはブラウスのボタンを留め始めた。
昨晩の記憶がない一方通行には彼女の言葉の意味はわからなかった。
@一線は越えましたが責任は追及しません。
これからもお友達でいましょう。
A一線は越えましたが責任は追及しません。
できればお付き合いをしたいです。
B一線は越えていません。
……みょうじの台詞の意図することとして考えられるのはこんなところだろうか。

「悪ィ、俺昨晩のこと……」
「昨日の一方通行、可愛かったなぁ」
「……!?」

一方通行に衝撃が走る。
まさか自分が考えていることと逆だったのだろうか。
具体的に言うと、上下が。

「え?オマ……エ?俺に何した?」
「いやいやいや。したのは一方通行の方じゃない。覚えてないの?」
「…………悪ィ」
「へぇ」

みょうじがにやりと笑みを浮かべた。

「何があった?」
「えー。このままの方が楽しそう。覚えてない方がいいこともあるって、ね?」
「オマエだけが覚えてて楽しいワケあるか!頼むから教えろ包み隠さずなァ!」
「教えて下さい、でしょ?」
「オマエこンな奴だっけ……あァもォ教えて下さいお願いしますゥ」

この姿をかつて一方通行に関わった研究者が見ると驚くことだろう。
彼はこれまでにないほど必死だ。
自分の知らない弱みを握られたまま生きていくのは不安だったのだ。
普段の彼を知るみょうじは少し驚き、笑みを深くして言った。

「すごい珍しい台詞もらっちゃった。いいよ」




みょうじが一方通行宅を訪れた時、既に彼はできあがっていた。
部屋のそこかしこに散らかるビールの空き缶を見ながらみょうじは顔をしかめる。

「一方通行、飲み過ぎじゃない?」
「あァ……そォか?」
「ウトウトしてるじゃん。もう寝たら?」
「ンゥー」

肩に寄りかかってくる一方通行を支えながら、みょうじは寝室へと向かった。
一方通行は男性ではあるものの、その割には華奢と言ってもいい身体付きだ。
そのため女一人でもなんとかベッドへ連れていくことができた。
寝室へと辿り着くとそのまま落とすように横にならせる。
乱暴な扱いにはなってしまったが、女に運ばせる方が悪いのだ、とみょうじは開き直る。
一方通行は特に気にする様子もなく、寝ぼけ眼で隣のスペースをぽんぽんと叩いた。

「おなまえ……ここ」
「え……隣?来いって?」
「ン」
「しょうがないなぁ。お邪魔するよ」

みょうじが隣に横になると一方通行が距離を詰めてきた。
ぴったりと身を寄せるとそれは胸元に顔を埋めるようになる。

「あったけェ」
「そ……そう、ちょっ」

ボタンの当たる感触が気に入らなかったのだろう。
一方通行が顔をしかめたかと思うと、ブラウスのボタンを2つ3つ外し胸に顔を擦り寄せた。

「……落ち着く」

一方通行の吐息が胸にかかる。
みょうじはボタン留め直そうかと思ったが、そう言われては好きにさせてやるかと諦めた。
今の一方通行は子どものようだ。
邪な意図はないのだろう。
険のない表情をした彼がなんだか可愛く見えてしまい、みょうじの頬も緩んでしまう。
一方通行はふと思い出したようにぼんやりした目をこちらに向けた。

「……子守唄っての、聞いてみてェ」
「えっ……でも、歌苦手だし」
「聞いたことねェモンの上手い下手なンざわかんねェよ」
「……笑わないでよ?」

みょうじは小さく息を吸った。
ぎこちない、けれど柔らかな声で歌いながら一方通行の背中を優しく叩いてやる。
その甲斐あって彼の瞼は徐々に重くなってきているようだ。
アパートの一室で子守唄を微かに響かせながら夜は更けていった。




「……」

みょうじの回想を聞き、一方通行は言葉を失った。
潜在的な願望なのだろうか。
まさか他人にそういった面を見せてしまうとは夢にも思わなかった。
よりにもよって、意中の女性相手に。
一方通行は穴があったら入りたくなる。

「たまにはそういう日もあるって、ね」

被害者であるみょうじに逆に気を遣われる始末。
つくづく自分の情けなさに呆れ返った。

――覚えてないのが良かったんだか残念なんだかわかンねェぞ、クソッタレ……。

「悪ィ……迷惑かけたな」
「迷惑でもなかったよ!一方通行可愛かったし」
「そォ言われて喜ぶと思うか?」
「……ごめん」
「クソ、情けねェ……」

項垂れる一方通行に、みょうじは励ますように言う。

「でもね、一方通行っていつも甘えないからさ、嬉しかったよ」
「……嬉しかっただァ?」
「だって、誰にも甘えずに過ごしてきたんでしょ」
「……」
「私にくらい甘えたっていいんじゃないかな」

一方通行は沈黙した。
昨晩幼子のように擦り寄っていた事実が彼の意思を揺らがせる。
なにより、もうしばらくみょうじの体温を感じていたい。
折角の機会だ、彼女の言葉通りに少しだけ。
彼は遠慮がちに告げた。

「もォ少し、オマエと寝ててイイか?」
「うん」

一方通行はそっとみょうじの手を握った。
その手はすぐに握り返され、安心感と幸福感を彼は得た。
ずっと足りなかった何かを手にしたようだった。
ゆっくりと微睡みへ落ちていく。




end

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