短編

□心音の証明
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一方通行がみょうじの部屋を訪ねると、彼女の姿は見当たらなかった。
部屋のカーテンは閉めきられ、薄暗い。
静寂の中しゃくりあげる音が一つ響く。
そこで彼はみょうじがベッドで毛布をかぶっていることに気づく。
どうしていいのかわからず立ち竦んだ一方通行を、みょうじが起き上がって一瞥した。
身体は引き続き毛布に覆われたままだ。

「ノックくらいして」
「……何があった」

みょうじの言葉を無視した問いだったが、に不快感は示さず彼女は答えた。

「なんでもないよ。好きな人にフラれた、それだけ」

強がるように、素っ気無く言われた台詞。
一方通行はそこで彼女に想い人がいたことを初めて知った。
胸のあたりがチクリと痛む。
気づかぬふりをしていた感情が騒ぎだした。

「誰だ」
「知ってどうするの」
「オマエを泣かした奴を叩き潰す」
「勘違いしてる?あの人は何もわるくないよ」
「……」

絶対に守ると決めた少女が泣いている。
泣かせた相手に非はないらしい。
一方通行はやり場のない苛立ちにギリ、と奥歯を噛み締めた。
しかしそれらを押し止めるように息を吐き、ベッドの縁に腰掛ける。
横目で見たみょうじの目は赤く腫れ、ひどい顔をしている。
手を伸ばし櫛の通っていない髪を掬う。

「なに、なぐさめてくれんの?」
「……いや、」

一方通行は言葉を濁した。
彼女の為の感情ではない。
自分がしたい通りにする。
それが慰めとは違うものだと思った。
彼はただ言いたいことを言うだけだ。

「泣くな」
「……こういう時くらい泣かせて。放っておいて」
「……」

そう突き放される気はしていた。
しかし言われるままに放ってはおけない。
気づかぬふりをしていたのは彼女への好意だった。
みょうじに、頼られたかった。
受け入れて貰いたかった。
ひとり泣こうとする彼女の殻を壊したいと思った。
どうしたらいいか、一方通行は考える。
考えて、彼は黙ってみょうじの目尻の涙を親指で拭った。
彼女は驚いて身を引く。
その勢いでみょうじの髪が彼女の目に被さってしまった。
彼女にそれを直す素振りはない。

「放っておけるかよ」
「なに?同情ならやめ……」

鬱陶しげにしていたみょうじが言葉を無くす。
一方通行はみょうじの手を取り自身の胸に置いた。
トクトクと忙しない心音が聞こえる。

「俺じゃ、だめか。おなまえ」
「……え?」

みょうじは呆然としていた。
何を言っているのかわからないといった風だ。

「愚痴くらい聞かせろ。フった相手は知らねェが泣き言くらいあンだろ。俺にそれを聞く権利をくれ」

一方通行は苦しげに声を絞り出す。
髪の奥、みょうじの瞳を見たまま。

「好きだ」

静寂に包まれた部屋に確固たる言葉が響く。
みょうじは目を見張る。
一方通行が自分に好意を向けるなど、考えたこともなかった。
だが掌から伝わる彼の鼓動は忙しない。
それこそが気持ちの証明のつもりなのだろう。

「……ずるいよ。失恋の痛みに浸けこもうっての?」
「そォしてまで欲しいンだろ、オマエが」

他人事のように言いながら、みょうじの髪を掻き分ける。
涙に濡れた赤い目が覗いた。

「すっかり赤くなっちまったな」
「……は、おそろいね」
「厳密には違ェけどな」

一方通行はみょうじの方に向き直った。

「で、どォすンだ」
「権利はあげる。返事はもう少しだけ待って」

みょうじは涙目で微笑んだ。
一方通行の胸に体重を預ける。
心音を聴くように耳を心臓に当てる形にした。
一人で泣いた時よりも安心感があった。
鼓動にもう一人の生きる者を感じたからかもしれない。

啜り泣くような声が一方通行の耳に入った。
彼女の心情の吐露だった。




Q.E.D

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