短編

□君と酸素はにている
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一方通行の様子がおかしい。
帰ってくるなりソファに座り、項垂れている。
額からは脂汗を滲ませ、呼吸は荒い。
時折ヒューというか細い息が漏れる。
みょうじは俯く彼の頭をそっと抱き抱えた。
彼の小刻みな震えが伝わった。

「だいじょうぶだよ」

息をゆっくりと吐き、一方通行が落ち着こうとしているのがわかる。

「ここにいるよ。わたしも、あなたも」
「おなまえ……」

一方通行は目を閉じた。
そっとみょうじの身体を抱き返す。

「あァ。そォだよな……」

彼はゆっくりとみょうじを見上げた。



一方通行はソファの肘掛けにみょうじを押しやった。
彼女は肘掛けに凭れる体勢になり、一方通行はそれに跨り覆いかぶさるような体勢を取る。
彼女はこれから彼のすることを知っている。
知っているからこそ拒絶せずに、ただ彼を受け入れる。
一方通行は衣服をずらし、みょうじの華奢な肩を露出させた。
そして下着の肩紐を下ろしたそこに歯を立てる。

「――――っ、ぅ……ぐ、」

それは獣染みた、懇願。
彼に性的な意図はない。
みょうじを放すまいと、繋ぎとめようとただ噛みつく。
みょうじを手放したくないがために彼の起こした行動は単純にして稚拙だった。
愛がわからない彼はどのようにして彼女を繋ぎとめたらいいか知らない。
噛みついて、物理的に繋ぎとめて、鼻で息を吐く。
そうすることで呼吸が落ち着くのを待った。

「……っは、」

彼女は痛みに眉をしかめ、つめていた息を浅く吐いた。
一方通行の犬歯は彼女の肩に食らいついて放さない。
みょうじも抵抗らしい抵抗は見せなかった。
ただ震える彼の肩を抱き締めている。

「一方、通行……」

その声に一方通行はみょうじの肩を解放し、彼女が何を言わんとするのか注視した。
彼の瞳に劣情の色はなく、あるのは捨てられた幼子のような不安の色だ。
その色を取り除くことができたら、と彼女は願ってやまない。
安心させるように、柔らかい彼の髪を撫でる。

「……私は一方通行の傍にいるよ、何も怖いことはないよ」

息絶え絶えにみょうじは告げた。
ただただ優しく諭すように。

「安心して、いいよ」
「……」

一方通行は彼女の肩に目を落とす。
歯形のついた其処は痛々しく血が滲んでいる。
己れの歯形が付いた箇所を静かに舐める。
彼なりのお詫びだ。
そのままみょうじの血を舐め上げていく。
彼は鉄の味のするそれをこくり、と飲み込んだ。
みょうじはそんな彼の髪を優しく撫でる。
彼の申し訳なさそうな視線にも彼女は微笑むだけだった。

「悪ィ」

一方通行はみょうじの耳元で囁く。
そのまま髪に鼻先を埋めて彼女の香りを吸い込んだ。
かすかな汗に混じって石鹸の懐かしい匂いがした。
その匂いに安堵する。
ああ、おなまえはここにいるのだと、実感した。

「ううん」

彼女から返ってきたのはそれだけだ。
一方通行は肩に視線を戻し歯形に唇を落とす。
みょうじは微笑み、彼の白い髪を掬った。
それは月明りに反射して光った。

「おなまえ、」

不安げな声が呼んだ。
その声の主、彼の肩甲骨をなぞる。
その起伏に彼女は天使の羽根を思った。
彼の瞳が揺れた。

「だいじょうぶ、ここにいるよ」




end

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