短編

□サイレントメッセージ
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彼は諦めの良い人間だ。
拒絶に慣れてしまった彼は去る者を追わない。
本心でどう思っていようが、遠ざかる私に対し、彼は何も言わなかった。
ただ寂しげに赤い瞳で見つめた後、諦めたように目を伏せた。




「あなたが欲しいものに素直に手を伸ばせるようになったらいいのにね」

再会した彼女はそう言った。
そう言われてもこの十数年で学んだ性質だ。
誰かが傍にいてくれるなどという期待はしない。
これは簡単には直らない。

そうは思うが、彼女に会えたのは嬉しかった。
本当は手の届く場所にいて欲しい。
本当はもっと近づきたい。
寄り添いたい。




一方通行が先ほどから無言が多い。
機嫌が悪いのだろうか。
みょうじは誤解していた。
機嫌が悪いならばまた日を改めよう。
彼女はそう思い、立ち上がった。

「じゃあ、もう帰るね」

一方通行の仏頂面が崩れた。
動揺する彼にみょうじは気づかない。
彼は何か喋ろうとするも言葉にならなかった。
背中では汗がつたう。
みょうじの台詞が脳裏を過る。

――あなたが欲しいものに素直に手を伸ばせるようになったらいいのにね。

鞄を肩に掛け、出ていこうとするみょうじの腕を掴む。
彼女は不思議そうに振り返った。

「どうかした?」
「……」

行くな。
もっといろ。
おなまえといたい。
離れるな。

言いたい言葉が出てこない。
目で訴えることしかできない。
しばらくそうしているとみょうじの目元が緩んだ。

「もう少し、いようかな」
「……」
「いてもいい?」
「……あァ」

みょうじが腰を下ろす。
一方通行は息を小さく吐いた。
ずっと恋い焦がれた存在がいるというのに何もできなかった。
いや、手を伸ばすことはできたか。

「おなまえ、」

一方通行は名前を呼んだ。
ぎこちなく、歯切れ悪く。

「どうしたの?」
「前に、欲しいものに手を伸ばせるようになったらイイとか、言ってたよな」
「うん。あなたは諦めがよすぎるからね」
「伸ばしたら手に入ンのかァ?」

みょうじは少し考えて答えた。

「……全部が手に入るとは限らないけど、意思表示をしなきゃ手に入るものも入らないよ」
「オマエは?」
「遠慮せず手に取っちゃうかな」
「ちげェ。オマエが欲しいっつったらどォすンだ?」
「……え?」
「手ェ、伸ばしたぜ」

一方通行は拗ねたようにみょうじを見つめた。
子どもが確認を取るような仕草だった。
みょうじは先ほどのやり取りを思い出す。
確かに彼は手を伸ばし、私を掴んでいた。

「私で良ければ、ここにいるよ」
「……ン」

白い筋ばった腕が伸ばされる。
それをみょうじはそっと握った。




end

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