短編

□her secret→his sickness
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どうしてしまったのだろう。
ソファに凭れる一方通行の目は虚ろだった。
こちらに意識を向ける様子もなく、ただぼうっとしている。
廊下で打ち止めの声が聞こえた。

「しばらく演算は没収なんだからってミサカはミサカは怒髪天!」

一方通行を見、無駄とは思いつつ話しかけてみる。

「……なんて言って怒らせちゃったの?」

返事はない。
一方通行は虚ろにこちらを見ているだけだ。
きっと今の一方通行には何を言っても理解できないのだろう。
今ならば、と私は口を開いた。

「あのね、すき」

理解して貰えずとも伝えたかった言葉だ。
きっと彼は好意に触れて間もない。
親愛も家族愛も友情愛も、恋愛も、区別できずに曖昧な「好意」の箱に放りこまれてしまう。
面と向かって伝えたところでこの気持ちは理解されない、そんな気がした。
一方通行を余計に混乱させたくないし、関係を崩したくもなかった。
だからそっとここで伝えた。
言葉にしたら彼への想いが溢れ出てきた。

「ごめん」

そっと囁く。
前に垂れさがった髪を耳に掛け、虚ろな赤い瞳に吸い込まれていった。
唇同士を触れさせるだけのささやかなキス。
柔らかいそれから伝わる体温に、心が満たされるのを感じた。
一方通行に目を向けると血を透かした瞳は相変わらずこちらをじっと見つめていた。
一気に頬が熱くなるのがわかる。

――わ、私ってば……!

熱くなった頬を冷ますよう両手で覆うと、その場から逃げだした。





考えがまとまらない。
おなまえがこちらを見ている。
唇を動かし何かを言っているようだ。
何と言っているのだろう。
音声として聞こえはするが、意味はわからなかった。
おなまえの言う意味がわからないのが歯痒くて、苦しい。
彼女はこのまま顔を近づけた。
目を瞑って、唇を自分に合わせている。
その行為の意味はわからないが、柔い感触が心地よかった。
もっとこうしていたいのにおなまえはすぐに唇を離してしまった。
そして赤くなった頬を覆い何処かへ行ってしまう。
取り残されてしまった。
ソファなんかよりも、おなまえといたいのに。





演算が戻ったのは日が傾きかけた頃だった。
居間には誰もいない。

「おなまえ……」

みょうじおなまえ。
よく黄泉川宅へ遊びに来る存在だが、彼女もまた帰ってしまったようだった。
演算剥奪された時の記憶は白昼夢のようにぼんやりと残っていた。
彼女は微笑んでいたが、少し悲しげに何か言っていた。
大事なことだったのだろうか。
そして――。

「〜〜っ」

俺は口元を押さえた。
体温が上昇し、心臓が脈打つのがわかる。

――キス、された。

「アイツ……」

あるのは混乱や動揺、困惑だった。
嫌なのではなく、なぜおなまえはこのようなことをしたのかが問題だった。
意味、わかンねェ。
俺に何を期待してキスした?
困らせたいだけなら反応が窺えない演算剥奪時にすべきではないだろう。
おなまえがキスする前、何か言っていたのを思い出す。
その内容がわかれば自ずと答えが出てくるかもしれない。

身体を起こし、首元のチョーカーへ指をあてがう。
電極のスイッチを切り替えた。
記憶の中の音声データを辿る。

『?onattahcesarokoettiinan……』
『ikus,enona』
『nemog』

そして自力で組んだ公式を元に、データを代入していく。
演算剥奪時の脳内変換パターンを逆算した。
脳内で、あの時紡がれた言葉が再生された。

『……なんて言って怒らせちゃったの?』
『あのね、すき』
『ごめん』

彼女が伝えたかったのは好意だった。
驚きで目を瞬かせる。

「…………っ!」

おなまえが、すき。俺を……?
考えてもみなかった。
あの状況で言うということは、家族や友人としてではないのだろう。
おなまえが俺に求めることは、おそらく。
鼓動が煩さを増した。
頬が熱を持っていく。
……今まで、こういったことに縁がなかったのだ。
自分がおなまえのことをどう思っているのか、わからない。
好意のベクトルがどのような方向を指しているのか、わからなかった。
ソファに凭れ、身体を沈ませた。

「どォすりゃイインだよ……」




to be continued...?
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