短編

□her secret→his sickness
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夜、おなまえの顔が頭から離れない。
忘れられない。

「あのね、すき」

微笑んで、でも少し悲しげな表情で伝えられた告白。
それに脳裏に刻まれた音声を合わせたものを、何度も再生した。
鼓動が激しく脈打ち、時折胸を掴まれたように苦しくなる。
一体なんだっていうのだ。
今まで何ともなかったのに、何故これだけの記憶が離れない。
何がこんなにも眠れなくさせるというのか。
身体に不具合でも来ているとでも言うのだろうか。





「ふむ、何ともないね?」

翌朝、病院で診察を受けると医者は首を傾げた。
カエルに似た顔をしているが、これでも学園都市で一番信用できる医者だ。

「そォか。じゃあイイ」
「心の機微によるものではないかね?」
「はァ?」
「いや、君ならストレスや恋煩いでも気づきそうにないからね?」
「さァな……世話ンなった」
「これが僕の仕事だからね?」

黄泉川宅へ帰宅しながら考える。
ストレスや恋煩い。
まさか、とは思うがタイミングが引っかかった。
打ち止めから冷蔵庫に昼食があることを聞くが、食欲が沸かない。
どうやらおなまえは今日、来ていないそうだ。
どういう顔をして会ったらいいかわからないのかもしれない。
俺だって、どォしたらイイかわかンねェ。

昨日と同じように、ソファに横になった。
あの時を思い出し、再び心音が騒ぎ出す。
それを落ち着かせるよう、深く、深く息を吐いた。
おなまえの声が聞きたい。会いたい。
これが世間で言う恋煩いってェやつか?
ガラじゃねェっての。

結局、この日もなかなか寝つけなかった。
ずっとおなまえのことばかり考えてしまい泣きたくすらなってきた。
この痛みこそが恋なのだろうか。
おなまえの声が聞きたいのも、会いたいのも、これは事実だった。
ささやかな告白をした彼女がいじらしく思える。
あァ、ガラじゃねェ。
だが、おなまえが好きだ。
ここ二日、瞼裏にはずっと彼女がいた。





翌日、一方通行はおなまえの借りている部屋を訪れた。
インターホンを鳴らしてもドアの開く気配はない。
居留守も考えられる、と思い連打するとやっと開いた。
おなまえが困ったように少し、顔を覗かせた。
それだけの挙動すらいとおしく思え、一方通行の胸を締めつける。

「何かな?今日、具合悪くて……手短にお願い」
「一昨日の。覚えてるから」

おなまえが望むならばと一方通行は単刀直入に切り出した。
彼女は顔をこわばらせている。

「演算剥奪されてる時の記憶はあンだよ。言ってることはわからなかったけどよォ、再演算でもォ、わかったから」
「……ごめんなさい」

おなまえはか細い声で謝った。
俯くおなまえの髪に触れようとするとびくり、と震えた。

「ごめンとか言うな」

おなまえは顔を上げ、困ったような表情をした。
一方通行が苦しげにしていたからだ。

「なァ、もォ一回言ってくンねェか。オマエの声でちゃンと聞きてェ」
「え、あ……それって、」
「大事なコト言ってただろォが」

一方通行はおなまえをじっと見つめた。
彼女は頬を朱に染め、しどろもどろになっている。
しばらく視線を彷徨わせてから、ぽつりと言った。

「……すき、です」
「ン。俺も」
「えっ……」

おなまえが驚きの声を漏らした。
それに対し一方通行は眉間の皺を深くする。
拗ねたような眼差しにおなまえはたじろいだ。

「ンだよ。そンなに意外か?似合わねェコトくらいわかってるっての」
「えと、似合わないとかじゃなくて、私のこと……」
「あァ、実は昨日やっと気付いたけどな。すきだ」

そう言ったかと思うと一方通行はおなまえの頬に唇を押し当てた。
おなまえはかぁっと体温が上昇していくのを感じた。
既に耳まで赤くなっている。

「わ、ああ」
「オマエからキスしといて……真っ赤」
「……ずるい。不意打ちだよ」
「抵抗できない人間にするよりァマシだよなァ」
「……うう」
「さて、おなまえが具合悪いってンならもォ帰るかな」

そう言って一方通行は意味ありげに笑った。
仮病はバレていたようだ。
おなまえは焦り、そして潤んだ瞳を伏せて言った。

「ごめん、それ嘘だから。もう少し――」





Nothing can cure love.
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