短編

□独り身に祝福を
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2月14日、本日は聖バレンタインデーだ。
最近どうも町が浮足立っていると思えば、コレである。
一方通行にはあまり関係のないイベントだ。
部屋に帰ればもしかしたらお節介な同居人が義理チョコを寄こしてくる可能性はあるが。
結局、基本的には恋人たちのイベントなのである。

さて、彼は例のごとくコンビニに来ていた。
用があるのはチョコレートでなければココアでもない。コーヒーである。
いつものように適当にカゴに放り込み、会計を済ませた。
買い物を済ませた彼は、後は帰路に着くだけの筈だった。
だがコンビニのドアを開けたところで見知らぬ少女が待ち伏せていた。

「ずっと好きでした!」
「……あァ!?」

独り身のバレンタインから一転する出来事だった。
不測の事態に彼は思わず声を上げる。
そしてやっとのことで口から絞り出したのは、

「……人違いじゃねェの?」

疑問だった。
一方通行には恋愛対象となる異性の知り合いは少ない。
失礼かもしれない台詞だが、見知らぬ少女からのいきなりの告白である。
疑いたくなるのも無理はないだろう。
少女は鼻の頭を赤くしている。

「わ、私よくコンビニであなたのこと見てました。いつも同じコーヒーを大量に買ってて、でも違う週には銘柄が変わってて、どんな人なんだろうって気になっちゃって」

一気に捲し立てた。
白い息が夕方の空気に浮かぶ。
少女は顔を赤くしながらチョコレートの箱を差し出してきた。
一方通行は身を引きながら、思わず受け取ってしまう。

「あのよォ、ずっと待ってたのか?」
「夕方に来られることが多いので、3時半から張ってました」

時計を見るともう二時間近く経っている。

「物好きだな、オマエ」
「よく言われます」

少女はニコリと笑った。
困ったように下がる眉が可愛らしい。

「あなたのこと、もっと知りたいです。お友達からでいいので付き合ってくれませんか?」
「あァー……」

一方通行は困ったように声を上げた。
正直、悪い気はしない。
初めて貰ったバレンタインチョコレートだ。
それも、本命の。
それに、自分に興味を持ってくれた。
寒い中二時間も待っていてくれた。
健気な奴だ。自分には勿体ないくらいに。
もし本当の自分を知られて、幻滅されるとしたら、怖い、けれど。
ちらり、と目の前の人物を見やる。
少女の真っ直ぐな眼差しに、誠意を持って答えてやるべきだと思った。

「よろしく、頼む」

ぱぁっと彼女が笑顔を見せたので慌てて一つ念を押しておいた。

「友達からだけどな」
「それでも嬉しいです!」




帰宅後、自室にて彼はチョコレートの箱を開けた。
居間で開けなかったのは無論、同居人からからかわれるリスクを失くす為である。
チョコレートは手作りのものらしく、市販と比べると形が少しだけ歪だ。
一つ摘まんで口に放り込む。
コーヒーの香りがした。
しかしそれでも、

「甘ェな」

でも、悪くない。
知らず知らずのうちに自らの口元が緩んでいたのを、彼は知らない。




end
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