短編
□ゆめ、うつつ
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※一方さんは独立して一人暮らし
一方通行は暗い自室で目を覚ました。
どうも喉に違和感を覚える。
唾液を飲み込むごとに、喉が酷く傷むのだ。
起き上がろうとしてもふらつき、頭もズキズキと痛む。
彼はこれを風邪とは知らなかった。
ただ戸惑い、困惑し、顔を洗うのを諦めベッドに倒れこんだ。
振動で頭痛がし、顔を顰める。
なンだ、これは。
以前撃たれた傷になにかあったのだろうか。
足元がふらつくのは脳がうまく作用してないからだろうか。
喉の痛みは、痛覚に影響が?
一方通行は枕元を探り携帯を手に取る。
黄泉川宅に通話をかけた。
「久しぶりだな、なにかあったじゃん?」
「手術痕に異常があったのかもしれねェ。打ち止めに代わってくれ」
「久しぶりってミサカはミサカは連絡不精なあなたの電話を喜びつつ代わっ……」
「頭と喉が痛ェ。足元もふらつく。MNWはなンともないンだな?」
「頭と喉?ってミサカはミサカは首を傾げてみる。あなた、その症状って風邪だよね?なにやら大きな勘違いをしてるのではってミサカはミサカは推理してみる」
「は?風邪…?こンな痛ェのに?」
「そう、風邪。ってミサカはミサカは断じてみたり。ミサカは今から調整なんだけど、辛かったらみょうじに連絡するといいよってミサカはミサカの恋のキューピッド!」
「……」
通話が切れてしまった。
これが、風邪だと?
これまで罹った試しがない為、自分ではわからなかった。
アドレス帳でみょうじの文字を探し、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「よォ……」
「声掠れてるね、どうしたの?」
「あの、風邪ひいたみてェでよォ」
「熱はあるの?」
「体温計持ってねェ。……たすけ、ろ」
「え?」
「頭痛ェし喉痛ェし、歩けねェ。だから、たすけろ」
みょうじ、遅ェな。
見捨てられたのではないかと不安になってくる。
汗をかいているのに寒いと訴える身体を温めるように、毛布にくるまった。
インターホンで意識が引き戻された。
ノックも聞こえてくる。
まてよ、こちとら辛いンだっつの。
起き上がりドアに駆け寄ろうとしたところで足がもつれて転んでしまう。
「〜〜っ!…………痛ェ」
ぶつけた額を抑え、這うようにして玄関に辿り着いた。
インターホンはまだ鳴っている。
「そンなに鳴らさねェでも聞こえてンだよ」
ドアを開けるなり一方通行は文句を言った。
覇気のない声にみょうじは瞬きをしている。
「寝てた?どれくらいの熱がわからなかったから心配したよ」
心配してくれたことに苛立ちがどこかへ消え去ってしまった。
「遅くなってごめんね。どうせ冷蔵庫空っぽだろうなって思って……」
みょうじは手持ちの袋に目を落とした。
彼女は肩掛けの他に手提げ、そしてドラッグストアの袋を持っていた。
一方通行のための準備だった。
「……見捨てられたンじゃないかって思ってた」
ぽつり、と一方通行は呟きみょうじに寄りかかった。
通常ドキリとしても良いところだが、対してみょうじはその余韻もない。
そう思っていたとしても、素直に言葉に出せないのが一方通行だからだ。
彼女は冷静に一方通行を心配していた。
「えっ、あなた、結構熱高いんじゃ……」
「……」
「早く寝床行こ!」
「ン……」
脇から身体を支えられ、ベッドへと戻された。
みょうじが台所に立っている間、彼女が持参した体温計で熱を測っていた。
やがてピピ、と電子音が熱を測り終わったのを知らせた。
身をよじって表示される体温を見た。
「何度ー?」
台所からみょうじの声が聞こえる。
体温を告げると「それなら寝てればいいかな」と聞こえた。
こんなにも辛いのに、どうやら大したことはないらしい。
やがて彼女は器を持ってこちらへと近づいた。
「お粥、食べられる?」
「あンま食べたくねェ」
「薬飲むから少し食べよ」
「ンン……」
「ほら、あーん」
「ンぐ」
意外にも一方通行はみょうじのスプーンから粥を食べた。
みょうじは少し驚いた顔をしていたがすぐに顔をほころばせた。
何を考えているか、大方予想はつく。珍しがっているのだろう。
だがこちらは弱っているのだ。
こういう時くらい、多少甘えたって見逃して欲しい。
もっと食べたい。
一方通行は無言で口を開けた。
「なに、もうちょっと食べる?」
頷く。
どうやら自分には変なスイッチが入ってしまったらしい。
素直に甘えられるのなんてこういう時くらいだ。
もう少し、もう少しだけ病人気分を味わいたい。
お粥を食べみょうじが片付けを終えたところだった。
彼女が持ってきたおかずの入ったタッパは冷蔵庫に入れられている。
みょうじの目的は終わったといってもいい筈だ。
「もォ帰っちまうの?」
「どうしたらいい?私がいて、何かできることはある?」
一方通行は口を噤んだ。
聞かれても困る。
どうして欲しいか、言えというのか。
「私がいたら、一方通行はゆっくり寝れないんじゃないかなって思うんだけど」
「寝れるから、一緒に寝ろ」
「えっ、」
戸惑うみょうじを無視し、彼女を招くように毛布を持ち上げた。
ひとりは心細い。
このままいて、甘やかして欲しかった。
「ほら、うつしたら責任とって面倒みてやっから……こっちきて、俺を温めてくれ」
「一方通行、寒いの?」
「ン」
「それなら湯たんぽになるよ」
みょうじはそっと一方通行の隣に横になった。
すると一方通行はもぞもぞと音を立ててみょうじの方を向いた。
彼は満足げにみょうじにすり寄る。
「……あったけェ」
「うん……おやすみなさい」
返事はしなかった。
目を閉じ、ただみょうじの体温を感じていた。
懐かしい匂いがして落ち着く。
額にキスが降ってきた頃には、もうゆめうつつで。
それが夢なのか現実なのかは文字通り、彼にはわからなかった。
end