Long-b

□Side Story
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数年後の9月






ナマエが泣いている。

なンで、泣いてンだ?
泣かしたのはどいつだ?
なァ、どォしたンだよ。
泣きやンでくれよ。
あァー、目ェこすると腫れるだろォが。

俯いたことで顔にかかった黒い髪を、耳にかけてやろうとする。
だが、うまく触れられなかった。

……?俺……。

白い天井が見えた
眩しくて目を眇めていると覗きむ影がある。
目にいっぱいの涙を溜めた少女が俺を読んでいた。

てん、し…………いや、何考えてる、ナマエだろ。

ゆるく首を振った。
起きたばかりで寝ぼけていたのだろうか、ナマエが天使に思えただなんて。
邪魔な酸素マスクを強引に外し、彼女の名を呼ぶ。

「ナマエ……」

点滴の管で重くなった腕を伸ばして、頬触れる。
つたう涙を拭ってやる。

「一方通行……」

何故病院に来る羽目になったのか、思いだした。
8月31日、俺は天井亜雄に撃たれたのだ。

「ナマエ……」

いつか見た悪夢と重なる。
あの時彼女はごめんね、と言って病室を去った。
ナマエは、夢と同じように涙を流しているがその場を動こうとはしない。
それでも安心できなくて、何と声を掛けようかと悩む。
ナマエは何を考えてここにいるのか、願望を口にしてみた。

「……心配したか?」
「するにきまってるでしょ!」
「……悪い」

ナマエにこんな風に怒鳴られたのは初めてだ。
声を荒げながらも彼女ははらはらと涙を溢していた。
困った。泣かせるのは嫌なのに、心配された事実が嬉しい。
必要とされていると実感する。
自分ばかりがナマエを必要としていると、思っていたから。

「私のこと、置いていかないでね……」
「……俺は簡単には死なねェよ」
「難しくても、やだなぁ……」

涙は流したまま、口だけで笑みを作った彼女が俺の胸に額を押し付けた。
点滴針の刺さった腕をゆっくり動かし、彼女の頭を撫でてやる。

「俺も嫌だよ」

ナマエを置いていくのも、失うのも。




「打ち止めって子を救ったんだってね」
「あァ。会ったのか?」
「うん、あの子あなたに感謝してたよ。お疲れさま。がんばったね」
「ン……」
「調整終わったらお見舞いにも来たいって」
「どォせ退院したら会うンだろォけどな」

そうは言うが会いたくないわけではない。
すぐ研究所に戻れるわけではないのだ。
あれから問題はないか、様子を見たい気持ちもあった。
それより今は、ナマエとのことだ。
今は彼女を守ってやれない。
外が暗くなる前に帰さなければ。

「ナマエ、俺しばらく帰れねェからさ……」

ん?と続きを促すナマエにちょいちょいと手招きをする。
点滴の管に繋がれた右手を伸ばし彼女の頭を引き寄せた。

「キスして」
「……っ、私、から?」

ナマエの頭が離れ、赤くなった顔が見える。

「俺からはできねェだろ」

術後まもない今の身体ではギャッジアップで起き上がるのが精一杯だ。
まぁ、そうでなくても彼女からのキスが欲しいのだが。
ちら、とドアの方を見たナマエは、髪を耳に掛け顔を近づけた。
目を開いていると「目つむって」と優しい声色で聞こえたので従ってやる。
すると柔らかい感触が唇に当たる。
きもちいい、でもこれじゃ足りない。

「もっかい」

重い腕を持ちあげ彼女の頭を引き寄せる。
触れ合うだけのキスを一度、二度、三度……。
それでも名残惜しくて胸が痛む。
離れがたい。帰したくない。
ナマエの肩を掴み顔を埋めた。

「待ってるよ、早くよくなってね」
「……あァ」

それじゃあ、と彼女は身体を離そうとしたので慌てて腕を掴んだ。
声が上擦りそうになるのを必死で抑える。

「待てよ……次来るのはいつだ」
「明日も来るよ。学校行くから終わってからになるけど……」
「そォか……。急がなくてイイ。でもまっすぐ来い」
「うん」

その返事を聞いてようやく腕を解放してやる。
大丈夫だ、大丈夫。
彼女が俺に嘘をついたことがあるか、あったとして優しい嘘だけだろう。
見捨てられるかもしれない不安がまだ払拭できずにいるらしい。
ナマエは小さく手を振って病室を出て行った
痛む胸を押さえるように病衣の胸元を握る。

「ひとりにしないでくれ……ナマエ……」

押し殺した声で一人呟く。
彼女に言っても困らせるだけだから言わなかった。
代わりに心満たすものを探すように、掛け布団を引き寄せ目をつむった。




to be continued...
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