中編

□うさぎがにひき
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『彼の話を聞く必要がある』

そう思ったものの。
私には彼にコンタクトを取る手段がないのだった。

――黄泉川先生に住所聞いておくんだったな。

しばらく彼から会いに来てくれるのを待って、来なかったら黄泉川先生に聞いてみよう。
そう決めると照明を消し、布団に潜る。
その脇にはうさぎの抱き枕がある。
うさぎを見つめながら白い彼と少しだけ似ていると思った。

――泣かなかったら、彼はもう来ないのかな。

うさぎを抱き寄せ、頭をうずめる。
柔らかい布地が形を変えた。

――でも、寂しいよ。

うさぎは何も言わず腕の中に収まっていた。




「あ、」
「よォ」

バイト帰り、白い彼は缶コーヒーを飲みながら待ってくれていた。

「この前はすみませんでした」
「別にいい」

怖がられるのは慣れてる、そう続けられた言葉にますます申し訳なくなる。

「私みょうじおなまえと言います」
「………一方通行だ」
「変わったお名前ですね」
「能力名だからなァ」

立ち話で済ますには長くかかるだろうということで、一方通行さんと近くの公園に移動した。
ベンチに腰を下ろす。

「なぜ私が泣いてると、知ってるんですか?」
「……オマエ、寝床に何置いてる?」

質問に質問で返されてしまった。
それが不満で少しだけ眉を寄せる。

「えっと、枕と毛布とか掛け布団……あ、抱き枕もありますけど」
「抱き枕だァ?」
「へっ……変ですか?」

それが何の関係があるんだろう、他人に抱き枕の存在を知られるって、恥ずかしい。

「それか……」

ハァアと一方通行は頭を抱えた。
なんとなく、彼に対して親近感が沸いた気がする。

「毎晩夢に見ンだよ。多分、寝てる間俺の意識がその抱き枕に行ってる」

なんでか知らねェけど、と彼はげんなりした様子で言った。

「まさか……」

信じがたい話だが、彼が住んでいるのは黄泉川宅なのだ。
彼が黄泉川先生に気づかれず家を出るのは難しい。
ありえない話でもしない限り、私が泣いていた事実を知る手段が思い当たらない。
彼が抱き枕に……ふと何かが引っ掛かる。

「……?それって、もしかして」

次第に頬が熱くなっていく。
うんざりした様子の彼が同意した。

「あァ、抱きつかれるわ鼻にキスされるわ散々だ」
「……!……!?」

口は開くが言葉にならない。
全部、全部見られていた。
あまりの恥ずかしさで彼を直視できなくなる。

「そ、そりゃあうんざりしますね……」
「それだけだったらまだ良かったんだがよォ」
「……」
「毎晩べそかきやがって」

ハッ、と一方通行は吐き捨てる。
実に、実に申し訳ない。

「……スイマセン」
「謝って欲しいわけじゃねェし」

そうだ。彼の、私の目的はそれを無くすことにあったのだった。
頭をガシガシと書きながら彼は言った。

「なァ、どォして泣くンだよ」
「……寂しいんです。家に帰って、夜一人になると人が恋しくって」
「……」
「……それだけ、です」

彼はそれだけ?とは言えなかった。
現に自分は長いこと深い孤独にいた。
もっとも彼は自分の気持ちに鈍く、寂しさに気付いたのは自分ではなく幼い少女であったが。
今となっては黄泉川宅に身を置いているため、徐々に和らいでいった感情だ。
しかしながら、此処の学生が保護者と住むことは特殊な例である。
学園都市の生徒の大半は親元から離れて一人暮らしだ。
おそらく、みょうじだけが抱える悩みではないのだろう。

「ありがとうございます。話して楽になりました」
「あのよォ、オマエは友達いンだろ。ルームシェア頼むのもアリなンじゃねェか?」

一つの解決策にみょうじの表情は明るくなった。

「……!そうですね、聞いてみます」

明るくなったみょうじとは逆に、一方通行は焦りのようなものを感じていた。
今日会うこととなった理由である、みょうじの悩みが解決しかかっている。
このままもう会う必要がなくなってしまうのではないか。
焦りと引っ掛かりはそこだった。
みょうじは沈黙に耐えかねたように言う。

「……あの、また何かあったら、話を聞いて貰ってもいいですか」
「あァ?なンでだよ」
「友達にはあんまり暗い話とかできなくて」

話し方や相手を誤れば、重い奴だと困惑されてしまう。
現代社会ではネクラのレッテルを貼られやすい。

「……わァったわかった、だから泣きそォな顔すンじゃねェ」

一方通行は観念したような声を上げた。
その声にみょうじは迷惑がられていると受け取ったようだ。

「いえ、迷惑だったらいいんです」

このような時、一方通行は素直になれない自分の性格を恨む。
このままではみょうじとの接点を無くしてしまう。
自分に怯えていたみょうじが折角、勇気を出して頼ろうとしてくれたというのに。
このままではいけない。
一方通行は意を決した。

「つか、毎晩毎晩オマエが泣くもんだからよォ……オマエが気になって仕方ねェ。どォしてくれる」

そうだ、みょうじが泣くから。
涙を止めたくて。
拭ってやりたくて。
胸を貸したくて。
夢の女が気になって仕方がなくなった。
彼女が孤独に泣いていたと知った今、自分ならば傍にいてやれるのにと思ってやまない。

一方通行はただまっすぐと、暗くなった公園を見たままだった。
みょうじを見れないのかもしれない。

「……抱き枕、」
「あ?」

一方通行は思わぬ切り出し方に疑問符を浮かべた。
せっかく勇気を出して言った台詞を無下にされたのかと思ってしまう。

「抱き枕、あなたに譲ろうと思ってました。プライバシーとか、ありますし」
「……」

渡されても困るが、そんなもんかと一方通行は黙って聞く。

「でも、これからも一緒に寝て抱き締めててもいいですか」
「………なンでだ」
「抱き枕、白いうさぎの形してて一方通行さんに似てるんです。あなたがいるなら、もう寂しくなくなります」
「仕方ねェな」

一方通行は肩をすくめた。

「いいんですか?あんなにうんざりしてたのに」
「オマエが泣かねェなら止める理由もなくなっちまったンだよ」
「…………も、ひとりで泣かなくても……いいんですね」
「あ?……なンで泣くンだよ!?」

みょうじの目尻から涙が溢れ出ていた。
彼女自身驚いているのか必死に涙を拭っている。

「ご、ごめなさ……嬉し泣きもっ……だめです…か」
「……泣き虫が」

一方通行は悪態をつきながらみょうじの身体を乱暴に引き寄せる。
彼の夢の中とは逆に、彼女を抱きしめた。
温かい涙が一方通行の服を濡らす。
自分にはない柔らかい感触に少し驚きながら、ぎこちなく背中をさすってやった。
腕の中でありがとうと小さく聞こえる。
救われてるのは彼女だけではないというのに。




end
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