中編

□うさぎがにひき
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あれから数週間が経つ。
夏が近づき空気は湿り気を帯びてきた。
あの日から夢の中で見るみょうじは穏やかな微笑を湛えている。
悲しげな表情を見ることもなくなった事実に、少年が頬を緩めることも多くなった。
そんな彼の元にメールが届いた。

送信者:みょうじおなまえ
題名:お久しぶりです
本文:ご飯作るのでよかったら遊びに来ませんか(*^o^*)



「トモダチの家でメシ食べてくる」

保護者二人にはそう告げると、彼女らは妙にそわそわし出した。

「友達って……もしかして、あの子なんじゃん?」
「まさか、女の子なの?夜なんだから長居しないようにしなさいね」
「チッ……わァってるよ」

保護者たちの反応は非常に浮き立ったものだった。
向けられた落ち着かない視線が鬱陶しくなり少年は足早に家を出る。



みょうじの住む寮は彼のいつも行くコンビニのすぐ側だった。
あの日公園からの帰りに、彼女を寮の前まで送ったのだ。
部屋の番号はメールで教えて貰った。
少し緊張しながら、ドアの並ぶ廊下を進む。
ゆっくりと息を吐いてインターホンを押すと、慌てた足音を立てながらみょうじがドアから顔を出した。

「あ、一方通行。いらっしゃい」

そう言ってはにかんだ彼女はエプロンを着用していた。
どきり、一方通行の中で心臓がはねる。

「……よォ」



パステルカラーに囲まれたフワフワとした部屋は、彼を落ち着かなくさせた。
料理の配膳を終えたみょうじはエプロンを脱いでいる。
いただきますをして二人は夕食を食べ始める。
みょうじが作ったのはご飯に合う中華だった。
感想が聞きたいのだろう。
彼女からチラチラと期待と不安の視線を向けられている。
不味かった場合は返答に困るところだが、実際美味しいので彼にとってのいつも通りの感想を述べる。

「……悪くねェよ」
「よかった」

素っ気ない感想だがそれでよかったらしい。
みょうじは胸を撫で下ろすと食べ始めた。



食後、一方通行は話題に困っていた。
視線をさ迷わせるうちにみょうじのキュロットパンツから覗いた白い脚が目に入る。
脚を崩して僅かに形を変えたそれに、見てはいけないものを見た気分になり目をそらす。
しかしそらした先にあるのは彼女の脇にある淡いシーツの掛かったベッドである。
奥の壁際には白いうさぎが赤い目でこちらを見ていた。
信用されているのは喜ぶべきか嘆くべきか。
彼は複雑な気分になりながらも、うさぎに会話の糸口を見出だした。

「アレか」
「……?あぁ、あれが例の抱き枕!一方通行から、あーくんって呼んでるよ」

照れながらみょうじはうさぎを紹介する。
一方通行は返答に困った。

「……」
「……、だめ?」

黙り込む彼に、彼女は困り顔で首を傾げた。
その仕草の愛らしさに言葉を詰まらせる。

「いや……止めはしねェけど」
「それともあーくんって呼ばれたかったりする?」
「っ、それはねェよ!なによりガラじゃねェし」

そんなあだ名、人に聞かれたらこっ恥ずかしい。
彼は断固として拒否する。
みょうじは少しだけ残念そうな顔をしながら言った。

「今日は報告しておきたいことがあって」
「報告?」
「友達と、夏休みからルームシェアすることになりました。一方通行のお陰だよ。ありがとう」

そう言うとみょうじはぺこりと頭を下げた。

「俺は大したことしてねェよ……よかったな」

自分のしたことといえば助言くらいだが、彼は素直に感想を言った。

「うん……でもあーくんも一緒だからね」

あーくんが指すものが自分と抱き枕どちらでも違和感がないことに困惑しながら、彼は相槌を打った。
夏は近い。
この部屋に来る機会はもうないかもしれない。
そう思うと自分の立ち位置について、確認をしておきたいと思った。
あの日みょうじが「気になる」と伝えたが、告白というには遠回しだったのだろうか。
彼女からの返答は「これからも毎晩抱きついていいか(抱き枕として)」であった。

――ソレ、結局どォいうことだよ。

ポジティブに解釈するならば「誘ってやがる」、ネガティブならば「お前はただの抱き枕宣言」と言ったところだろうか。
あの言葉にはどのような好意が含まれていたのだろう。

彼が難しい顔をしているとみょうじがどうかしたかと聞いてくる。

「なンでもねェ」
「そっか。……あのさ」
「ン?」

みょうじは頬を赤く染めて視線をさ迷わせている。
これは、もしや。
彼はごくりと生唾を飲み込んだ。

「私のこと、気になる……とか、言ってたよね」
「あァ」
「あれって……どういう意味だったの?」

期待していた話題に彼の鼓動が早くなった。
喉が干上がっていく。
望んでいたのに逃げ出してしまいたい気分だった。
それでも喉の奥から絞り出すように言う。

「…………オマエが……おなまえが、好きだ」

みょうじは目を皿のように開いてから、潤ませた。
熱くなる頬を手で押さえるが、顔の赤みは隠せない。

「……うれしい」

沈黙の後、呟かれた言葉は彼の耳にも届く。
一方通行は緊張がとけ小さく息を吐いた。

「ずっと、見ててくれたんだね」
「……見ざるを得なかったンだろ」

おなまえは不満げな顔をしながらも、彼らしい台詞にくすりと笑う。
彼女は一方通行の素直になれない性質を察していた。

「会ったばかりだけどさ、私も一方通行が好き」
「……っ」

笑われたことに憎まれ口でも叩くつもりだったが、今度は彼が顔を赤くする番だった。
初めて言われた。
好きだと、初めて言われた。
どうしようもない嬉しさが込み上げる。
それがいっぱいいっぱいになってみょうじを抱き締めた。

「あ、一方通行?」

彼女の戸惑った声に、彼は何も言わない。

「……あーくんを抱き締めるのもいいけど、一方通行に抱き締められるのはもっと幸せ」

独り言のように呟き、一方通行の背中に腕をまわす。
すると彼の腕の力が強くなった。
それが苦しいと思いながらもみょうじは何も言わない。
甘く心地よい痛みに、静かに目を閉じる。

――必要とされるって、いいなぁ。



20時半を過ぎた頃、一方通行は帰宅することにした。

「引っ越したら部屋に呼びづらくなっちゃうね」
「まァ、そォだな」
「それまで沢山遊びに来てね」
「……あァ」

彼は照れ臭くなって足元を見る。
靴を履き終えると玄関に立つみょうじと目線が近くなることに気がついた。

「おなまえ、」

彼女をじっと見つめ、顔を近づけていく。
みょうじはしばし視線をさ迷わせてから長い睫を伏せた。
拒まれなかったことに安堵して、彼女の後頭部に手を添え、唇を合わせる。
軽く押し当てるだけなのに溶けそうなほど柔らかい口づけ。
彼女の髪の甘い香りが彼の鼻腔をくすぐった。
そっと唇を離し、緊張で余裕のないみょうじの様子に一方通行は目を細めて笑う。

「おやすみ。じゃあな」

低く優しい声。
ドアの閉じる音。

――頬が熱い。

みょうじは暫しの間、玄関に立ち尽くしていた。




end
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