中編

□孤独の処方箋
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「納得したか?」

唐突にかけられた声にびくりと身体を震わせる。
見てはいけないものを見た、そんな気分だった。

「……お目覚めですか」

ドクドクと早くなる鼓動を落ち着かせようとしながら振り返る。

「あァ」
「あなたは一体……?」
「吸血鬼、だ」

一方通行様は自嘲気味に告げた。

「逃げたきゃ逃げろよ」
「……逃げません。逃げたところで行く宛もないから……」

スカートをぎゅっと握りしめる。
ここは今までで一番待遇の良い場所だ。
売り飛ばされるのもパンを盗むような生活もこりごりだった。

「一方通行様は私の血を吸わないのですか」
「血に依存して光を浴びれない生活をしたいのかオマエ」

一方通行様は目を剥いた。
彼の返答は答えになっていない。
こちらを脅そうとしているのだ。

「俺に構わないこった。人として生きたきゃなァ」

そう言って一方通行様は食堂を出て行った。
彼は私を遠ざけようとしているようだ。
衣食住が与えられるのなら関わらなくても構わない。
それが現時点での私の意見だ。

日中活動する私は夜行性である一方通行様と会うことは少ない。
一方通行様は日が沈む頃に起床する。
夕食を召し上がられたのを見届けると私は皿を洗った。
一方通行様と会うのは日没から私が眠るまでの時間だ。
食事時に関わろうとしない限り会うことは少なかった。
ただ一度好きな食べ物と嫌いな食べ物を聞いてみたことがある。
好きなのは肉、嫌いなのは野菜とのことだった。
どちらも食材である。
これでは明らかに栄養が偏ってしまうのでリクエストには答えられない、そう思った。
(さすがに主人を生活習慣病にはしたくない。)
ちなみに食べられないものは余程のものでなければないそうだ。
要は好き嫌いの分かれるものは出さなければいいのだろう。
そこでふと思う。
彼は血を飲むが好きなものも嫌いなものもごくありふれている。
私たちとあまり変わらないのではないか。


それからしばらく一方通行様にはあまり関わらないようにして過ごした。
一週間ほどたった頃だろうか。
私は人に飢えてしまった。
この一週間に声を発したのは食料品を買う時くらいだ。
それもスプーンの申し出を断るといった程度。
まともに人と会話をせず過ごすことは辛い。


「……、おはようございます」

起床した一方通行様にご挨拶をする。
彼に会ったのも声を出したのも久しぶりのことだった。
舌がうまく回らず少しばかりおかしな調子になってしまった。

「……あァ」

一方通行様はこちらを一瞥しただけだ。
彼は私に関わりたくないのだろうが、できることなら仲良くしたい。
私は自分の考えを改めることにした。
どうやら孤独の症状は深刻だ。



私は夕餉の後、血液を飲んでいる一方通行様に話しかけた。
彼は特に美味しくもなさそうにワイングラスに注がれた紅血を嚥下する。

「人として生きたきゃ俺に構うなと言った筈だ」
「一方通行様が人でないというなら……鬼が恋しくなりました、と言うべきでしょうか」
「あァ?」

一方通行様は不愉快そうに眉を吊り上げた。
機嫌は損ねたくはないが、それくらいで怯むわけにはいかない。

「一方通行様のお話、お聞かせ願えませんか」
「はァ?話すことなンかねェよ」
「では私が質問しましょう。この屋敷にはいつから?」
「覚えてねェくらい前だな」
「長寿でいらっしゃるのですね。ところで血液は、トマトジュースで代用する話を聞いたことがあるのですが」
「ハッ。似てるのは色くらいじゃねェか」

嘲笑ではあったが、彼のしかめっ面が和らいだことに安堵を覚える。

「オマエ俺が怖くないのか?」

一方通行様は訝しげに問われた。
ほんの少しでも興味を持って貰えたことに、僅かに心が躍った。

「怖くありませんよ。一方通行様との会話は成立しますし、血液を摂取する以外私たちと似ています」
「オマエの血を吸うと言ったら?」

ううん、と私は少し考えた。
吸血鬼というものは不便かもしれない、しかし。

「私が吸血鬼になることで一方通行様と仲良くなれるなら、それもいいと思います」
「馬ッ鹿じゃねェの」
「学がありませんからね」

私は笑みを作るが彼が笑うことはない。
眉間に皺を寄せたまま、彼は言う。

「さっき、人が恋しいと言ったな」
「ええ」
「それって人を知ってるからこそだろ。誰かの受け売りだけどよォ、幸せ者だよ、オマエは」
「一方通行様は……」
「ずっと独りだ。人と喋れねェくらいなンでもねェよ」

吐き捨てるように一方通行様は言われた。
それは不幸せなことだ。
言葉を誤れば彼を傷つけるのではと思うと、私は何も言えない。

「構って欲しけりゃ別の主人見つけたがいいンだ、オマエは」
「……私を買ったのに、逃げてもいいと?」
「連れて来たのは俺だが、去る者は追わねェ。金には困っちゃいないしよォ」

心細い、不安な気持ちになる。
一方通行様は私を必要としていないのだ。
私に求めるのは屋敷の維持と食べるものの確保だけ。
すぐ取り替えのきく存在だということを思い知らされる。

「……私は邪魔ですか?」
「こォして主人と喋りたがる奴隷はな。淡々と仕事をこなしてくれる分にはイインだぜ?」

意地の悪い、嗜虐的な笑みだった。
私は静かに血が引いていくのを感じた。

「……失礼しました」

奴隷が主人と仲良くなるなど傲慢だった。
思いあがりもいいところだ。
わかっていた、わかっていたつもりだった。
所詮私は奴隷、闇市場へ行けば代わりなど沢山いると。
私は席を立ち一礼して食堂を出た。
消えてしまいたい気分だ。



それから一か月、私は屋敷で仕事に専念した。
その間まともに口を開いていない、そんな気がする。
輸血パックの受け取り、食糧品の買い出し声を出す機会はそれだけだった。
私は会話に飢えていた。
限界だ。
私は屋敷を出ていくことにした。

「ごめんなさい」

夕餉の後、一方通行様に話しかける。

「私が話しかけるというのは迷惑ですか」
「まだ諦めてなかったのか」

一方通行様は溜息を吐かれた。

「あァ、そォだな」

それは控えめな肯定だった。
これで僅かな期待も消えてなくなった。
私は奴隷から人間の身分を手に入れた。




to be continued...
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