中編

□孤独の処方箋
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変な奴隷がいた。
今まで使用人として来てた奴らは俺の正体を知る前から怯えていた。
それはおそらく、この外見に起因するのだろう。
白い肌に赤い眼。
異質なこの容姿を恐れる奴は多い。
奴らは俺が話しかける度にびくりと肩を震わせ、挨拶をする度に引き攣った笑みを浮かべていた。
だが今度の奴隷は俺に怯えることがなかった。
何故かと問えば「会話が成立するから」だとか「私たちと似てるから」だとか生ぬるい答えが返ってきた。
吸血鬼になりたいのかと言えば俺と仲良くなれるならそれもいいだとか。
奴隷に仕事以外期待しちゃいないが、馬鹿だコイツは。
いや、それとも想像力が欠如しているのだろうか。
吸血鬼でいると不便なことも多いし恐れられ孤立する。時間からも取り残される。
吸血鬼になっても良いことなど何もないというのに。
俺にとって、穏やかな笑みを湛えて話しかけてくる奴隷、おなまえという人間は迷惑だった。
親しくなったところでいずれ訪れるのは別離である。
人と俺とでは寿命の差は大きい。
独り取り残された時間というのは俺にとって恐ろしいものであった。
死者を想って生きるよりずっと独りでいた方がマシだ。
おなまえの血を吸い、吸血鬼にして彼女の人生を歪める気もない。
おなまえが来て一月経った頃、彼女は出ていった。
彼女は涙を堪えた笑みで「お世話になりました」と告げた。
門を出た小さい背中は肩を落として立ちつくしていた。
当然ながらその日から、おなまえが屋敷を掃除をする姿は見なくなった。




自由という心細い身になった私は職を探すことにした。
一番にドアを叩いたのは今までの仕事に近いであろうハウスキーピング。
運が良かったことに経営者は面倒見もよく、人間関係も良好だった。
恐縮だが、住み込みの依頼が来るまでは同僚の家に世話になることになった。

「ほら、これ」

ある日髭の上司に渡された書類は、依頼書だった。
なかなか広い屋敷であるので報酬は多額になる。
既にマニュアルは教わっている。
二週間での依頼だがとりあえずは、ということだ。

「敷地が広い分忙しいだろうが、いいだろう?」
「ええ、十分です。是非行かせてもらいます!」



依頼者の屋敷には夕方から向かうようにとのお達しだ。
渡された地図を引っくり返しながら、約束の時間の少し前に辿りつく。

「……うそ」

そこは私の前の職場だった。
逃げたい気持ちになりながらゆっくりとチャイムを鳴らす。
扉を開けたのはつい先日別れを告げたばかりの一方通行様だった。

「……。チェンジ」
「……は?そ、そんなサービス行ってません!というか一方通行様ったら……!」
「冗談だボケ」

一方通行様はそう言うと奥へ入って行ってしまった。
初めて言われた冗談にポカンとしてしまう。
慌てて追いかけながら話しかける。

「……まだ陽が出てますけど、大丈夫なんですか」
「俺はな。ダメな奴もいるらしいが」

そんなものか、と感嘆した。
一方通行様と廊下を進み、食堂へと通される。
食卓には既に料理が並んでいた。

「夕飯を用意してる。メシにするぞ」
「ご飯作れたんですね、一方通行様って」
「永く生きてりゃ、そりゃな」

食卓にはフィレ肉のロティや、真鯛のオリーブ焼き、野菜のクリームスープなどが並んでいた。
私が作るものより豪勢な食事に気が滅入ってくる。
育ちが違えば作るメニューに貧富の差が浮き彫りになるのは仕方がない。
心中でのみそのように弁解しておいた。
一方通行様が食べ始め、眉間に皺を寄せているであろう私に言った。

「食えよ」

私はいただきますをして料理に手を付けた。
どれも見た目を裏切らない出来だ。
素直に美味しいですと言う。
悔しいことに私より一方通行様が作られた方が良いようだ。

ふと玄関先でのやり取りを思い出した。
前に来た時よりも私は気分が大きくなっていた。
少々の憎まれ口くらい、許してもらえるだろう。

「悪かったですね、来たのが私で」
「いや、」

一方通行様はばつが悪そうに言葉を濁らせた。

「オマエを、手放したくないと思っていた」
「……?あれほど迷惑だと仰ってられていたのに」

私の疑問に彼は力なく、自嘲気味に笑う。

「結局俺は、仲良くなった奴と別れンのが怖いんだよ」
「それは……実は仲良くなっていたらしい私たちの再会を喜んでも良いのですか?」
「嫌味かソレは。オマエが喜びたきゃ勝手にしろ」
「一方通行様は……私をご自分と同じ吸血鬼にするおつもりもないんですか?」

一方通行様は首肯した。
吸血鬼だからこそ、同じ思いをさせたくないのかもしれない。

「一方通行様」
「あァ?」
「失くした人は戻りません。でも一方通行様が好意を見せて下されば……人はあなたを放ってはおきませんよ」

一方通行様は此方を見つめた。
赤い瞳で、私の話をじっと聞いてくれている。

「現に私は今、すごく嬉しいです」

一方通行様の真っ直ぐな視線に照れながら、私は言葉を締めくくった。

「まずはその眉間の皺を取ることから始められたらいかがでしょう」
「……考えとく」

一方通行様から小さい声が聞こえた。
この話はもういい、と彼は話題を変える。

「ところで、今のハウスキーパーを辞めて此処にいねェか」

その言葉に赤い瞳に耐えかねて俯かせていた顔を上げた。
一方通行様は苦しげな表情をしている。

「嬉しい申し出なのですが、折角就いた仕事をすぐに辞めるというのは……」

不誠実な気がする。
雇い主にはこれから沢山働いて恩を返そうと思っていたところだった。

「契約期間を延ばした後ならイイだろ。オマエが望むなら働きぶりが良いとか名目つけて報酬も弾ませとく」
「名目じゃ駄目ですよ!私、ちゃんと働きます」
「ほォ。ま、期待はしとく」

一方通行様は目を細めてニヒルに笑った。



使用人用の部屋は私が来た時のままだった。
ただ一月使っていなかったせいか、少し埃っぽくはなっていた。
寝台に横になりながら一方通行様の言葉を反芻する。

――オマエを、手放したくないと思っていた。

前この屋敷に訪れた時とは違う。
一方通行様が私をどのように思っているかはわからない。
だが、必要とされていることはわかる。

――……嬉しい。

私は瞼を閉じまどろみに身を委ねた。
明日からはまた違う一日が始まる。




to be continued...
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