中編

□孤独の処方箋
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気持ちの良い朝だ。
今日からはまた、前いた時の掃除の続きを始める。
ふと掃除は上から下、が基本だと思い至りハタキを持って2階へと上がった。
まずは廊下からだ。


正午が近付く。
そろそろお腹が空いてきた。
今回はハウスキーパーとして雇われたので食事の準備は必要ないのだが……。

「用意してくれる人はいないんですよね。うん」

一方通行様はおねむの時間だ。
結局は私が用意することとなってしまう。
この様子では夕餉も私が作るべきだろうか。
私は階下へ移動し、食材を探すべく冷蔵庫のドアを開けた。
しめた。昨晩の夕餉の残りものがあった。
私はそれを昼食に戴くことにした。
やはり美味しいのが、悔しい。

昼食を摂った後も掃除をして過ごした。
広い屋敷だが、共有スペースはそこそこ小奇麗にはなった。
やりがいのある仕事だ。
廊下を見まわしながら私は一人満足げに頷いた。
明日からは個室の清掃に励もうと心に決める。



夕餉は一方通行様と摂ることとなった。
以前は個別に食べていたが、誰かと食事をするというのは良いものだ。
一方通行様が玉ねぎの挽肉詰めを指して言った。

「これ、何だ」
「此処よりずっと東の地方の家庭料理です」
「ふゥン。故郷か?よく知ってンな」
「昔読んだ料理本にありました」
「へェ」

二人での晩餐は沈黙しがちだが悪くない。
銀食器の控えめな音が鳴った。

「なァ、言おうと思ってたンだがよ、」

会話の再開に、フォークを口に運ぼうとしていた手を止めた。

「俺に様付けンの止めてくンねェか?」
「何故です?私はあなたに仕えている身です。問題ないと思いますが」
「ガラじゃねェンだよ。こンな屋敷に住ンじゃいるが別に高貴な身分でもねェ」
「でも、立場上……」
「あまり身分に固執するな」
「……そこまで言われるんでしたら」

ピシャリと言われ、身じろぎする。
一方通行様の眼には力があった。



食器の片付けを済ませ居間へ戻ると一方通行様はソファにいた。
起きたばかりだと思うのだが、瞼を重たそうにしている。

「一方通行様、眠るのですか?」
「様ァ?」
「一方通行さん」
「よし」

一方通行様は頷いて、ソファの自分が座る隣をポンポンと軽く叩いた。

――座れということ?

おそるおそる隣に腰かける。
ソファは予想以上に柔らかく、身が沈むのを感じた。
元が奴隷の身としては、今日は恐れ多いことが続くと思った。

「肩ァ借りるぞ」

耳元で一方通行様の低い声がした。
そのまま肩に頭を預けてくる。
なるほど、枕になれということか。
そう納得するほど私は冷静ではない。
一方通行様の感触に、体温に、吐息に、心臓が高鳴る。
その高鳴りが彼にも伝わるのではないか、恥ずかしい。
一方通行様の髪が首筋をくすぐる。

――オマエを、手放したくないと思っていた。

昨夜の彼の言葉が蘇る。

――あまり身分に固執するな。

先程の彼の言葉がよぎる。
彼の表情が気にかかる。
一方通行様は……もっと近付くことを望んでいる?

しばらくして、彼の寝息が聞こえてきた。

「一方通行様……」

呟いた声は虚空に消えた。




人の肌は何年ぶりだろう。
温かいおなまえに身体を預け目を閉じる。
こうしていると落ち着いた。
おなまえに近付きたい。
おなまえが欲しい。
その反面、失う時が来るのが恐ろしい。
時は一刻たりとも待ってはくれず、何れ彼女を連れ去るのは目に見えている。
どうしたらいい、と眉根を寄せる。

――泣きてェ。

自分はこの存在が、きっとすきなのだろう。
ただ傍にいて欲しかった。
その為ならば血を吸い自分を同じ存在にしたいとすら思い始めていた。

――でも駄目だろ。

彼女を縛りつけることなど。
例え本人が望んだとしても、それは。




to be continued...
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