中編

□孤独の処方箋
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※グロテスクな表現注意。




「どうですか?作ったのは初めてだったんですけど」
「あァ。そォだな……イインじゃねェか」

今夜の夕餉の会話は乏しかった。
一方通行様の様子がおかしくなって一週間が経つ。
折角仲良くなれたと思ったのだが、私に対し余所余所しいような態度を取る。
その割には仕事をしている私を遠目にじっと見つめている。
彼が私に何かしらの興味を持ってはいるのだろうが、それを表に出そうとしない。
ただ見つめるだけならまだしも彼の瞳は悲愴に満ちたものだった。
あまり悲しそうに見ないで欲しいものだ。
彼の考えることを推察する。

――結局俺は、仲良くなった奴と別れンのが怖いんだよ。

全てはこの一言に尽きるのだろう。
別れの際、手放したくないと思った私が戻ってきたことで、彼のテリトリーに私が現れた。
彼自身は孤独から脱したいと考えている。
しかし人間の私と仲良くなったところでいずれ来るのは別離。
ここで先ほどの彼の台詞に戻り、ループする。
解決法は私の血を吸い吸血鬼にすること。
一方通行様に見られていないところで深く溜息を吐く。
ループから脱するのに必要なのは、私を吸血鬼にする決意か、別れの覚悟か。
私としては吸血鬼になることを望んでいるが、最終的な決定を下すのは彼だ。
決断は気長に待つとして、この妙な距離感をどうにかできれば良いのだが。




深夜、微かな足音に私はハッと目を覚ます。
泥棒だろうか。
怖い、しかし一方通行様のいるこの屋敷を守らなくては。
私は寝台から降り、箒を手に取った。
ドアをそっと開け、壁に背を付けて侵入者を探す。
侵入者はすぐ見つかった。
階段の脇、チェストを漁る男にそっと忍び寄る。
箒を降りかぶって柄を勢いよく男の後頭部に叩きつけた。
男が呻き声を出すも昏倒には至らない。
続いて第二撃をお見舞いしようとした時、背中に熱いものを感じた。
腹部から銀色の刃が生えている。
二人目だ。背後から荒い息が聞こえた。
刃を引き抜かれ、血がどっと噴き出した。

「……ぁ、」

ぐらりと身体がバランスを崩して倒れる。
背後で一方通行様の叫び声が聞こえた。




「おなまえ!……、おなまえ!」

意識を失っていたらしい。
私を呼ぶ声に目を開ける。
一方通行様が私の名前を初めて呼んでくれた。
嬉しい。私は笑えていただろうか。
いやいやをするように一方通行様は首を振っている。
整った顔立ちが歪み、今にも泣きそうな表情をしていた。
赤い瞳が逝くなと訴えかけるのがわかる。
一方通行様に抱きかかえられているのに、身体は冷たかった。
痛みをさほど感じられないのが不気味だ。
朦朧とする意識であの日の言葉を思い出す。
大丈夫、大丈夫です。一方通行様。
私がいなくなっても、ひとりにはなりません。

「アク……レータさ、が……好意を、見せ……下さ…ば……」

人はあなたを放ってはおきませんよ。
掠れる声で紡いだ言葉は全てが声にならなかった。
それでも彼はわかったようだ。
一方通行様はしゃくりあげるように答えた。

「駄目だ、オマエじゃなきゃ」

一方通行様は少し躊躇うように顎を引いた後、私の首筋に顔を寄せた。
一言、申し訳なさそうに囁かれた。

「ごめンな」
「……っ」

次の瞬間、薄い皮膚を一方通行様の牙が貫いた。
首筋が熱を持つ。
血液を奪った一方通行様の咽喉が動くのがわかる。
私の血を嚥下している。
ああ、彼は決めたのだと理解した。
私を吸血鬼にすることを。
一方通行様は自責の念に駆られるだろう。
私も望んだことだ、気にやまないで欲しいと願う。
でも彼はそういう生真面目な性格だ。
だからこそ、私と生きて下さるだろう。
そう思うと熱を持った首筋が嬉しかった。
血を失いすぎた身体は、私の意識を遠のかせた。




私は寝台の上で目を覚ました。
此処は私の部屋のようだ。
一方通行様は私の腹部に覆いかぶさるようにしていた。

「一方通行様……?」

小さく声を掛けると彼は起き上がり、息を吐いた。
私は身を起してヘッドボードに背中を預ける。
一方通行様が水を持ってきてくれ、礼を言ってゆっくりと口に含んだ。
その間、強盗は警察の御用になったことを伝えられた。
一方通行様によって無事とは言えない状態になっているのでは、と思ったが追求はしないことにした。
私が水を飲み終わるのを見届けると、一方通行様は苦しげに告げた。

「悪かった。オマエを俺と同じにした。俺が弱いせいだ」
「……私はそれをずっと望んでました。助けてくれて、ありがとうございます」
「エゴでオマエを化け物にしたンだぞ」
「私には家族も友人もいません。あなただけです。困ることはなにもありません」

一方通行様は不機嫌そうに眉間に皺を寄せただけだった。
責められることを望んでいたのだろうか、彼は。
そんな彼の頬に手を伸ばして笑いかけた。

「もう何の隔てもないですね」
「……」

一方通行様は一旦、口を噤んで逡巡したようだった。
そして、彼の虚勢が崩れた。
頬にあった私の手を大事そうに両手で握る。
目尻には僅かに涙が滲んでいる。

「ずっと雇って頂けますか?」
「もォ雇う雇わねェの関係じゃねェだろ」
「じゃあ、ずっとお傍にいてもいいですか?」
「あァ。こっちの台詞だそりゃ」

一方通行様はふっと笑った。
初めて見る彼の素直な笑い方に、私は目を奪われた。

「おなまえ、ずっと俺の傍にいてくれるか?」
「……ええ」

寄り添うべき人ができた。
添い遂げるべき人ができた。
先は永いけれど、二人ならば大丈夫だろう。
私はそっと瞼を閉じた。
手に彼の温もりを感じながら。




end
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