中編

□孤独の処方箋
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先日の一件以降、私の自室は二階、一方通行様の向かいの部屋に移動した。
私をあまり玄関の近くにいさせたくないのだろう。
部屋に愛着はあったが、原因が私にあるのはわかるので黙って従った。
もう心配する必要はない身体なのだけれど。

身体といえば私は夜行性になってしまった。
完全に、というわけではない。
ただなんとなく夕方から夜にかけて起きている方が楽なのだ。
昼間起きていることも可能だが、夜に起きていた方が自然な気がする。
血を吸われたのをきっかけに体内時計が入れ替わってしまったようだ。
買い物は宅配サービスを主に利用しているし、最近は深夜営業のスーパーも存在する。
洗濯物は夜明けの頃に干して眠り、夕方に起きて取り込む。
雨が降っても気付けないがさほど不便な生活でもない。

一方通行様は以前よりも私に関わりたがるようになった。
食事の準備を手伝うことはあまりしないが(彼が作った方が結果は最良である)、大抵同じ部屋にいる。
今までは自室の机でしていたであろう論文に目を通す作業も、居間に降りて行うことが増えた。
補足しておくがこれは彼の収入源らしかった。
明け方、読みかけの本を閉じて二階に上がると、一方通行様にはち合わせた。
そういえば今日の彼は自室で過ごしていたことを思い出す。
おやすみなさいを言おうとすると手を取られた。

「来い」
「一方通行様……?」
「おなまえ、オマエまだ様付けだったンか」

一方通行様は呆れたように言った。
癖になってしまっており、なかなか直るものでもない。
それでも直そうとする姿勢は見せておくべきだと私は訂正した。

「一方通行さん?」
「よし」

そのまま引っ張られ一方通行様の部屋まで連れていかれる。
彼は何も言わず、私の肩を抱くと寝台へとダイブした。
寝台のスプリングが軋む。
これは。これは。これは…?
私は混乱して手足をバタつかせた。
一方通行様は脇から腕を通し、肩に顔を埋めてくる。

「あア、アクセラレータさんんんん!?」
「変な事ァしねェよ」

逃げンな。
切なげに囁かれて動けなくなってしまう。

「それとも、嫌なら仕方ねェけど」

拗ねるような声で言われた。
私を尊重してくれるつもりはあるらしい。
私は正直に答える。

「嫌じゃ、ないです。恥ずかしいだけで」
「……そォか」

ほっとするような声と共に、抱き締める腕が強まった。
はぁ、と一方通行様の吐息が肩にかかる。
時折ひくりと彼は震え、鼻を啜る音がした。
ぼんやりと彼の部屋を眺める。
豪奢な机にはパソコンと書類の束が置いてあった。
閉じ掛かったカーテンから漏れる光が明るくなっていることに気付く。
後から掠れた声が聞こえた。

「このまま寝てイイか?」
「……はい」

忙しない鼓動を深呼吸で落ち着かせようとする。
緊張はするが、人に抱きしめられるというのは安心感があった。
先に寝息を立てたのは一方通行様の方だ。
腹にまわった手が緩んだのを見計らい、身を捩って一方通行様の方を見る。
永く生きているにしては素直な寝顔だった。
目尻に涙の乾いた痕を見つけた。
見られまい気付かれまいとしていたのだろうか。
私がいることで救われるものはあっただろうか。
先ほどの会話を思い出し、そっと頬に唇を押し当てた。
私に拒絶されることなど、ないに等しいのに。
彼は臆病にもいちいち私の了解を得ようとする。




夕方、私が目を覚ますと一方通行様の姿はなかった。
先に一階へ行かれたのだろうか。
首を傾げて寝台から降りようとすると、一方通行様が姿を現した。
寝台のすぐ下、絨毯から。

「オマエ……寝ぞう悪ィのな」
「……はい?」
「よくもまァ俺を蹴飛ばしといてすっとぼけられるモンだなァ……!」
「ごごごごめんなさい!」

一方通行様の額から青筋を浮き立たせている。
今の立場は平等とはいえ、元は奴隷上がりだ。
私はひれ伏して謝った。
そうされては一方通行様も強く出られないらしい。
彼は息を吐いた。
怒りのボルテージが下がってきたようだ。

「連れてきたのは俺だけどよォ、何度も続くようじゃ手枷足枷嵌めて転がしとくから覚悟しとけ」
「……そこまでして添い寝したいんですか?」

一方通行様は言葉を詰まらせ、私をジトリと睨む。

「……悪いか」
「悪くないです」

それを聞くと一方通行様は鼻を鳴らして階下へと降りて行った。
翌朝の私の寝床も此処なのだろうか。
私は一方通行様を追いかけるべく寝台から下りた。




end
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