中編

□孤独の処方箋
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「……ん」

私の目覚めは小鳥の鳴く爽やかな朝、ではなくなった。
カーテンの隙間からは赤い日が差し込み外では鴉の鳴く、日没。
これが吸血鬼になってからの私の、起きる時間となった。
重たい瞼をゆっくりと開くと一方通行様がそこにいた。
マットレスに肘を付き此方を眺めている。
寝顔を見られた気恥ずかしさにそっぽを向く。

「……おはようございます」
「ン」
「起きていたなら起こして下さればいいものを」
「別に腹も減ってないし起こす必要ねェ」

ぐ、と言葉に詰まる。

「でも、人の寝顔を見るのは悪趣味ではないかと……」
「見たいものは見たいンだから放っとけ」

……見たかったのか。
そのように素直に言われては、やめて欲しいというのも酷な気がする。
これ以上とやかく言うのを諦めた。
私が起きればいいだけの話なのだから。

「……ご飯にしますか?」
「うン」




あれから掃除婦としての契約期間も切れ、一方通行様と私は雇用主と使用人の関係ではなくなった。
一方通行様は文書を眺めたり書いたりすることで賃金を得、私は家事を担当している。
なんだか夫婦みたいだ。
……夫婦?
ごふっ、と飲んでいたお茶が口から飛び出た。
なんてこと!
お茶が呼吸器に入ったらしく咳が止まらない。

「げほっ、ごほっごほっ……」
「っ、何してンだ?……おい、大丈夫か」

一方通行さまは最初は呆れていたが私の隣へ周り背中をさすってくれた。
いつもなら珍しく気遣いを示した彼に感激するところだが、私は今一方通行様を意識してしまったばかりだ。
触れられたことでびくっと肩が震えてしまった。

「……?どォ……した?」
「こほっ……」

咳が落ち着いてきた。
一方通行様の赤い瞳が揺れたのを見た。
しまった。この人は拒絶に敏感だ。

「なんでも、ないです」
「……そォかよ」

信じてくれただろうか。
席に戻った一方通行様はどこかしょげているように見えた。
どうやってフォローしよう。
考えあぐねているうちに一日が過ぎてしまった。




もうすぐ日が昇る、眠る時間だった。
いつもならば一方通行様が私を見つけ、一緒に眠るために自室へと腕を引く。
だが、彼は現れない。
久しぶりに自分のベッドで眠ることになるのだろうか。
横になって、寝返りを打ってみる。
……物足りない。
いつもなら抱きしめてくるか、最低でも手をつないでくる人物がいない。
胸が締め付けられるようだった。
これが寂しい、のだろうか。
時計の針は6時を指していた。
私は音を立てないように部屋を出た。
自室の向かいのドア、私のいつもの寝床がここにある。
重厚な造りのそれに触れ、なぞる。
開けたい、けれど私の臆病さが邪魔をした
まさか私からここで眠りたいと思う日がくるなど思わなかった。
ドアに額を預けしばらく沈黙していると、不意にドアが動いた。
予想外のことに額を強かにぶつけた。

「〜〜っ、」
「な、なにしてンだ?」

痛い。痛かった。
しばらく額をさすっていると、一方通行さまが覗き込んできた。
罰が悪そうな顔をしている。

「大丈夫かよ……」
「……はい」
「傷はねェみたいだな。入るか?」

一方通行様は部屋を示した。
私は頷き、遠慮なくベッドサイドに座った。
一方通行様も寝床に戻ると思ったのだが、階下に降りてしまった。
何処に行くのだろう。
後を追おうかと立ち上がったが、すぐ戻るだろうとまた腰を下ろした。
しばらくして差し出されたのはタオルに包まれた保冷剤だった。
お礼を言って額を冷やさせて貰う。

「まだ起きてらしたんですね……」
「眠れなかった」
「私もです」

まさか同じくらいの時刻に廊下に出るとは、と笑いが漏れる。
一方通行さまが私の隣に腰掛けた。
隣、といってもそこには二人座れるくらいのスペースが空いている。
いつもより遠いそれは、私たちの心の距離のようだった。

「……どうしていつもみたいに、おやすみに誘ってくれなかったんですか?」
「みょうじが嫌がってるンじゃないかって、思った」

やっぱり、私のせいだ。
拒絶に敏感な彼は、私の動作一つで壁を作ってしまぅた。

「不満あっても、オマエ立場気にして何も言わねェだろ。こっちから聞かねェと。俺……調子に乗ってたか?」

私は首を振った。

「……れしかったンだよ。成り行き上とはいえ、俺と同じ化物になることを受け入れてくれて。傍にいてくれて」

一方通行様の声が震える。

「嫌なとこ、あったら……離れる前に言ってくれ。一緒にいてもらうためなら、直すから」
「ないですよ。小さな不満くらいならあっても、仕方ないなぁって笑って許容してしまうくらいで。安心して下さい」

身を乗り出し、一方通行様の手の上に掌を重ねた。
あぁ、やっと触れられた。
互いの存在に安心するのは私の方なのかもしれない。

「それに一緒にいてもらう、じゃないですよ。私はここにいたいんですから」
「みょうじ……」
「あまり言いたくなかったんですけど、ご飯の時にびくっとした理由、言った方が納得されますよね……」

一方通行様が頷いたのを見て、私は続けた。

「どきっとしちゃったんですよ、私たちの関係を考えて」
「関係……」

一方通行様は呟いた。
彼も疑問に思っていたのだろうか、この名前のない関係に。

「まるで夫婦みたいだなって」
「……っ!?」

一方通行様の顔が赤くなる。
口をパクパクと開いて閉じている。

「一方通行さん、あなたにとって私はなんですか?」

今、この関係を決めてもらいたい。
私がどのように望まれているのか、知りたかった。

「どんな存在として一緒にいたいと、思ってくれてるんですか?仲間ですか、家族ですか、女性ですか」

暫くの沈黙の後、一方通行様が口を開いた。

「……みょうじを抱きしめてると安心する、家族とするなら、兄妹とかじゃねェ。キスとかできたらって思ってた。女として、みょうじがすきだ」
「私もです」
「ほンとか?」
「この額は一方通行さんがいなくて寂しかったから腫れたんですよ」
「そりゃ悪かったなァ」
「ドアに近づいてたのと、あなたを来るのを待ってた私が悪いです」

ごめんなさい。恥ずかしくて、歩み寄らなかったことであなたを不安にさせました。
一方通行様はいいンだ、と答えた。
布の擦れる音がし、彼との距離が狭まった。

「これからも、抱きしめてイインだよな?キスも……イイのか?」
「はい」

スプリングが軋み、一方通行様の腕に閉じ込められる。
彼の重みで倒れたため、覆いかぶさられる形となった。
彼の重みは、必要とされる喜びでもあった。
一方通行様の顔が近づき、キスが降ってくる。
遠慮がちな触れるだけのものだった。
柔らかい唇同士で触れることは気持ちがいいのだと知った。

「みょうじ、すきだ……」
「私もすきですよ、一方通行さん」

寂しがり屋の、いとおしい吸血鬼。




end
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