中編

□一方通行と読心能力者
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※タイトル通り能力持ちヒロイン。




みょうじおなまえ。
コンビニでアルバイトを始めて一週間になる。
彼女はアルバイト開始早々、この仕事が嫌になっていた。

彼女は読心能力者だ。強度は2。
彼女の能力は触れることで相手の心がわかるもの。
それは、彼女の意思に関わらずだ。
能力を発現してすぐに彼女は思った。
「あ。この能力、いらない」
きっかけは些細なことだった。
戯れに友達に触れた際、黒い部分にまで触れてしまった。

『おなまえって生意気……』

同級生なのに生意気とはどういうことだ。
この時は喧嘩になってしまった。
大好きな友達も、帰り道に手をつないだことで知ってしまった。

『この子は孤立しているから、仲良くしてあげなきゃ』

同情で仲良くされていたことを知り、ショックを受けた。
以来、表裏のある人間とは付き合わないようになった。
数少ない友達とも極力触れないように注意している。
ただ、このアルバイトではそうはいかなかった。
注意してはいるがお客さんにお釣りを渡す時、相手の手に触れてしまい心が視えてしまうことがある。

『新人か?要領悪いなぁ』
『遅い!急いでんのに、もうバス間に合わねぇ』

とても落ち込んだ。
しかし慣れるまでの辛抱だと、彼女は自分を叱咤した。
ある時白い少年がコンビニにやってきた。
髪も、肌も真っ白だった。

ブラックの缶コーヒーが、一本、二本、三本……
「15点で1470円です」

「1500円頂戴します……30円のお返しです」

あ。
少年の冷たい手が触れた。
その時、ひどく孤独な感情が流れてきた。
どうしてそれほどまでに、がらんどうなのだろう。
そう思えるくらい、深い孤独だった。

「ありがとうございました!」

少年が店を出るのを見送りながら、彼女は思う。
この人に寄り添うことができたなら。
きっと彼の孤独に自分を重ねてしまったのだ。
彼女は自分の掌を見つめた。
人と交わりたいけれど、この力は相手の本心を知ってしまう。
信じた人に裏切られることは、怖い。





――腹ァ、減った。

思えば昨日は何も食べなかった。
一昨日は思い出せない。
このままでは餓死の危険だ。
横になりたがる身体を叱咤し起き上がる。
冷蔵庫には缶コーヒーだけ。
冷凍庫を見ても空だった。
舌打ちをした。

――だりィが、食べに行くしかねェのか。

近所のファミレスまで歩ける気もしない。
目を閉じ演算式を組み立てるが、血糖値が下がっているのか時間がかか――





そうだ、買い物に行こう。
テレビを見ながら休日を満喫していた私はふと思いついた。
セブンスミストに行って歩きやすい靴を買おうか。
そうと決めれば身支度だ。
お気に入りのワンピースに着換え、鞄を肩に掛ける。
最後の靴を履いてドアを開けると――家の前に白い人が横たわっていた。

「…………えっ!?だ、大丈夫ですか!」

驚きの白さ。この特徴は、先日コンビニに来た人ではないか。
声をかけ、口元に手を当てた。
息がある。
仰向けにした方が良いだろうか。
彼の肩に触れると彼の感情が流れ込んで来た。

『……何か食いてェ』
「お腹すいてる、だけ……?」

深刻な事態だと思っていただけに、拍子抜けだ。
一旦部屋に戻り、コップに水を汲み、塩にぎりを作った。
空の胃にいきなり固体はまずかったか、と思いゼリー飲料も冷蔵庫から取り出す。
部屋を出ると倒れたままの少年の肩を叩く。

『肉ゥ……』
「起きて、起きて下さい。おにぎり持ってきました」
「……ン」

彼は薄く目を開いた。
コップとゼリー飲料、おにぎりを差し出すといいのか、とこちらをじっと見られた。
どうぞ、と言うと彼は肩で息をしながら起き上がり、ゼリー飲料を口に含む。
コンクリートの床に座り込んでゼリーを吸う姿はなんとなく、可愛く見えた。
ゼリーを食べ終えるとおにぎりとコップを私から取って食べ始める。
おにぎりがなくなる頃、ようやく彼は口を開いた。

「なンで俺が空腹とわかった?」
「お腹の音が聞こえたので」

嘘をついた。
心が読まれたと知って、誰だって良い気はしないと思ったからだ。
腹の音が聞かれたと思った彼は眉根を寄せた。
耳が少し赤いのは気のせいだろうか。

「食べ物、うちにまだありますから食べます?」
「……イイのかよ」
「実家から物資が送られてきたばかりなので気にしないでください。あ、私みょうじおなまえといいます」
「一方通行だ」
「あくせられいた?聞いたことあるような……?」
「……気のせいじゃねェの」

先程彼の心が見えた時、肉を食べたがっているようだったことを思い出す。
一方通行を部屋に招き入れ、冷蔵庫の中の照り焼きを軽く温めた。
キャベツを切って皿に盛り付け、テーブルの上に置く。
それからご飯と……作り置きしていたおかずもあっただろうか。

「食うぞ」
「どーぞ」

一方通行が食べるのを見ながら口を開いた。

「まさか一方通行さんがこの寮に住んでたとは」
「あン?俺のこと見たことあンのか?」
「近くのコンビニでバイトしてるんですよ。コーヒーを沢山買って行きましたよね?」
「……あァ。隣の部屋だったンだな」
「隣でしたか」

この人は玄関を出てすぐに倒れていたのだと思った。
空腹で倒れるとは、一体どのような生活を送っていたのだろう。
少し彼が心配になった。

「いったいどんな食生活を送ってるんですか」
「いつも外食とか冷食だな」
「……お金持ちですね」
「作るのが面倒なだけだ」

思わず目の前の一方通行をまじまじと見てしまう。
ここまで自炊をしない人には初めて会った。
自炊をしない男の子はそういうものなのだろうか。
考えているうちに一方通行はご飯を食べ終わっていた。

「ごちそォさン」
「お粗末さまでした。もう大丈夫ですか?」
「まァな」

一方通行は皿を持って流しに持ってきてくれた。
それを受け取る時、皿を持った手が触れた。

『借りを作っちまった』
『旨かった……』『手料理を食べたのなんて何年ぶりかわからねェ』
『まともな奴とこンなに喋るのも久しぶりだ』
『こいつともこれきりなのか』『嫌だ』『また会いたい』
『だから名前、はぐらかしちまった』『怖がられたくない』

触れたのは少しなのに沢山の感情が流れ込んできた。
少しの罪悪感と、人が恋しいという気持ち。
その言葉の数々に胸が苦しくなる。
私は大したことをしていない、それなのにこの人はまた会いたいと思ってくれる。

「あの、よかったら晩御飯、これからうちで食べませんか?」

思わず声に出して言っていた。
馴れ馴れしかっただろうか。
一方通行は驚いているのか呆然としている。

「……あァ?い……イイ、のか?」
「一人分も二人分も変わりませんし、なにより一方通行さんが心配になってきちゃって……」
「……。じゃあ頼みてェ。わ、わざわざ余所に食べに行くのも面倒だしな」

少しうわずった声でそう言うと一方通行は帰り仕度を始めた。

「帰るんですか?」
「出掛けンだろ?悪かったな」

はたと気づいて自分の恰好を見た。
鞄を肩に掛けたままだったのだ。

「あ、じゃあ……」
「晩飯の頃にな」
「……!用意しておきますね」

靴を履く一方通行の肩に触れた。
彼はなんだ、とこちらを見たが特に気にせずドアを開けた。
部屋を出る彼を見送りながら流れ出てきた感情を反芻する。

『心配、してくれた』『なンで?』
『接点ができた』『毎日会える』『手料理』『あったかい』『嬉、しィ』

嫌われていなかった。
寧ろ、好意的に思ってくれている。
それは嬉しいのだが、こうして彼の気持ちを見たことに罪悪感があった。
今のはわざと彼に触れたのだから。

――きっとバレたら、嫌われちゃうなぁ。




to be continued...
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