中編

□一方通行と読心能力者
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あれから帰ると、みょうじは寮の階段に座って待っててくれていた。
彼女に近づくと影ができ、俯いていた顔が上げられた。
自分だとわかるとみょうじは笑ってくれた。

「おかえり」
「……タダイマ」

何か温かいものが一方通行の心を満たす。
いつか心の底からそう言えたらいいのにと思ってしまった。
二人とも、同じ家に帰れたなら。




夕食時、一方通行はいつも通りみょうじの部屋を訪ねた。
だが、インターホンを押しても誰も出ない。
連絡も無しにすっぽかす奴だとは思えない。
――何か遭ったわけじゃねェよな。
まさか。でも何事もない確証はない。
少し逡巡した後、一方通行は錠前を壊した。
部屋の中は薄暗い。
靴を脱いでみょうじの所在を確認しようとする。
留守だったのか、と一方通行は思ったが奥のベッドで彼女は眠っていた。
少し顔を赤くして、苦しげな息を吐いている。

「……オイ、」

遠慮がちに声を掛けるとみょうじはゆっくりと瞼を開いた。
乾いた唇から、掠れた声が疑問を紡ぐ。

「あれ?どうして……もうあなたが来る時間?」
「18時だ。どォした、大丈夫か?」
「風邪で、早退してたの……」

大事ではないらしい。
一方通行はほっとした。
みょうじは申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめんね、連絡……しておけばよかった」
「寝てたんだろ、気にすンな……熱は上がってねェか?」
「……体温計ないんだった」
「……」

困ったように力なく笑った。

「……仕方ねェな、俺が測ってやるから」
「え、」

みょうじの額に向けて一方通行は手を伸ばしている。
彼女は目を丸くした。
何故なら彼女の読心能力に制御は効かない。
そのことを話したばかりだからだ。一方通行の方も全く気にしているわけではないようだった。
表現しがたい複雑な顔をしていた。
彼の手が躊躇うようにしながらも、丸い額に触れる。
みょうじは思わず目を瞑った。

『考えてること見られたくねェ』『けど』『風邪でよかった』『心配した』『腹減った』

心配、されていた。そしてお腹、減ってたんだ。
みょうじは罪悪感が沸きあがっていた。
せめて連絡しておけば、一方通行は外食に出るなり弁当を買うなりできたのに。

「ン……38度ってとこか。まァ大丈夫だろ」
「能力で測れるんだ……」

みょうじは驚いたように呟く。
一方通行は気まずそうにそっぽを向いた。

「もし、昨日の残りでよかったらだけど、冷蔵庫にあるから」
「じゃあ貰う。オマエは?」
「……食欲ない、かな」
「……わかった」

立ち上がり、冷蔵庫を開けた。
中には一食分の生姜焼きが入っている。
冷凍庫におにぎりを作っていた他に、作り置きはないようだ。

「……」

一方通行はシンク下の戸を開けた。
そこには小さな米櫃がある。
炊飯器から釜を取り出し、カップ1杯の米を入れて軽く洗い、水の量を調節した。
料理をしない彼でも炊飯器の使い方くらいは頭に入っていた。
粥を作ろうと思ったのだ。
そうすれば食欲が出てもみょうじが食べることができる。
炊飯のボタンを押した後で、一方通行は生姜焼きに手を付けた。




生姜焼きを食べ終わる頃、炊飯器の電子音が鳴った。
ベッドに横たわるみょうじに近付き声を掛ける。

「みょうじ、起きてるか?」
「うん、なにしてたの?」
「粥、作ったから食いたくなったら食え」
「え?あ、一方通行が?」
「……味の保障はしねェからな」
「お粥なら食べたい、ありがとう」
「……持ってくる」

一方通行は出来上がったばかりの粥を茶碗に注いだ。
白い湯気が空気中に立ち上り消えていく。

「熱ィから火傷すンなよ」

身体を起こしたみょうじが匙で粥を掬う。
ふう、ふうと息で覚ました後に口に含むとクスリと笑った。
料理に慣れていない一方通行の小さなミスに微笑ましくなったのだ。

「ん、味ない」

一方通行の肩がピクリと震えた。

「冷蔵庫に梅干しあるからお願いしてもいい?」

そういうと一方通行は梅干しの入ったタッパーを持ってきた。
ここで彼は、家庭での粥は好みで味を付けて食べるものだということを知る。

「うん、おいしい」

ありがとう、というと一方通行は照れくさそうに返事をした。
みょうじはゆっくりと粥を口に運びながら呟いた。

「おいしいけど、食べ終わったら帰っちゃうんだよね」
「あァ?なンつった?」
「ううん、来てくれて嬉しかったってだけ」
「……そォかよ」





「……寝たのか?」

夕食の後、一方通行はみょうじの薬箱をチェックしていた。
特に今飲むべき薬は見当たらなかった。
彼女からの返事はない。
きっと今なら何の躊躇いもなく触れられる。
朱に染まった頬を突いてみる。
柔らかな弾力が彼の指を弾いた。
次は数本の指で。手のひらで。
布団からはみ出た手を握る。

「…………」

胸が苦しい。

一方通行は帰るタイミングを失ってしまっていた。
男が女子生徒の部屋に泊まるのは良くないのだろう。
だがここにいたって誰も咎めないではないか。

誰かといることがこんなにも心安らぐとは思わなかった。
いつもは食事を作ってもらうばかりだった。
だが今日は熱を測り、粥を作った。
彼女の役に立てただろうか。
彼女から必要として貰えないだろうか。
一方通行は自らの視界が揺れるのを感じ、腕で拭った。
この気持ちの名を、彼は知らない。





to be continued...
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