中編

□お稲荷様パロ(タイトル未定)
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蝉の鳴き声が忙しなく、頭に直に響いてくる。

山に入って数時間が経過した。
木々の隙間から空が見える。
黒ずんだ雲は雨雲らしく、今にも雨が降りそうだ。
実際、先程からツバメが低く飛ぶのを見る。

「まずいなぁ……」

ぽつり、ぽつり。
雫が鼻に、頬に当たった。
始めは雫といってよかったそれが、雨に変わるまで時間は掛からない。
雨脚が強まるのを機に、私は走り始める。
どこか、雨をしのげるところはないか。
寺か、神社か、山小屋はないか。
泥が足に跳ねた。
当たりを見回しながらしばらく走ると、山頂を目指す古い石段を見つける。
しめた。私は石段を駆け上がった。
山としては小さい方だったのか、その石段が終わるのは思いのほか早かった。
石段の先にあったのは古びた神社だ。
荒れ放題に草は生え、朱塗りがところどころ?げかけている。
人に手入れされていないようだし、勝手に上がっても構わないだろう。
私は鳥居をくぐり、拝殿で手を合わせた。お金はなかった。

『しばらくの間、雨宿りをさせてください』

履物を脱いで拝殿へと上がる。
拝殿の床へと腰を下ろすと疲れがどっと出てきた。
ここ数日歩き通しだったのだ。無理もない。
すぐに私は意識を手放した。



眩しさに目を薄く開く。
赤く、日が傾いていた。
ぼんやりしていると、少年が覗きこんできた。

「オマエ、誰だ?」
「……お稲荷……さま?」

その少年は、今までにみたことのない姿をしていた。
白い髪に紅い瞳を持ち、銀狐のような耳と尾が生えている。
そして神職者が着るような白と赤を基調にした狩衣を身に着けていた。
その容姿は美しく、少しだけ眩しく感じた。

「ごめんなさい、雨宿りをしてたら眠ってしまって」
「ふゥン」
「東にある小さな村から来ました。おなまえといいます」
「驚かねェの」
「まさか人が、いえ神さまがいらっしゃるとは思いませんでしたが……疲れてるせいか頭がついていかないみたいです」
「つっまンねェの。旅人か?」

お稲荷様は肩を竦めた。
なんだかお稲荷様のイメージに合わないな、とぼんやりと思った。
勝手にお邪魔した身だが、まだ眠っていたい。

「はい、少し前に、戦で故郷を失くしました」
「……そォ、か」

お稲荷様は立ち上がり、どこかへ行ってしまう。
つまらない反応しかしない私に飽きたのか、と思った。
しかしお稲荷様はすぐに戻ってきた。
手には湯呑みを持っている。

「ほれ、水」
「ありがとうございます」

私の声が掠れていたのに気づいたのだろうか。
咽喉が渇いていたのを思い出し、味わいながら一気に飲んだ。
美味しい!少し疲れが取れたような気がした。
湧水がこの近くにあるのなら、出発する前にヒョウタンの水を補給させてもらおう。
と、そこでハタと気が付いた。
もう日が暮れてしまう。
此処を今日の寝床にしても良いだろうか。

「あの、今日は此処に泊めて頂けないでしょうか」
「何言ってるンだ?」

お稲荷様はキョトンとしていた。
流石に宿の代わりにするのはおこがましかったか。
反省して俯いた。

「ごめんなさい、では出発しますので――」
「この山に入った時点で、オマエは俺のもンなンだよ」
「……え?」
「だからオマエは此処で暮らせ」

唐突なことに茫然としているとお稲荷様は続けた。

「感謝しろよ?本当は勝手に上がったから食っちまうところだったが……久々に参拝してくれたからな。賽銭はねェけど」

食う?人を?
さすがにそれは冗談だと思いたいが、なんて横暴な神さまだ。
神さまのイメージがガラガラと崩れていくのを感じた。

「……そんな、知らないで山に入ったのに」
「どォせ住む所探してたンだろ?丁度イイじゃねェか」
「……ここ、住めるんですか?」
「古いが社務所はある。前の神主は此処に住んでたンだよ」
「……仕方ないですね」

とりあえず暮らすことはできそうだ。
ひとまず私はお稲荷様に従っておくことにした。

「ではよろしくお願いします」

そんな、軽い気持ちで。




To be continued...
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