中編

□お稲荷様パロ(タイトル未定)
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「お稲荷様、お稲荷様」

午睡を貪っていると、しわがれた声が聞こえた。
いつのも婆さんか、と片目を開く。

「昨日は雨の恵みをありがとうございます。お陰で田畑が潤いました」

なンだ、そのことか。日照り続きで大変だったもンな。

「雨のお礼に、稲荷寿司を作って持ってきました。どうぞお食べください」

またかよ。オマエら人間は勘違いしてるよォだが、俺は肉食だ。
たまには肉を持ってこいっての。
まァ……食えねェことはないから食べてやるけどよ。

「それではまた、これで」




季節の移ろう様を肌で感じ、眺めて過ごした。
見渡す景色は葉の落ちた木々のなんとも寂しい光景であったが、春は近くまで来ていた。
梅の新しい枝からは蕾が膨らみ、数日もすれば咲き始めるだろう。
ふと、ここしばらくあの婆さんを見ていないことに気がついた。

「なァ、七助」

神主の名を呼んだ。
前の神主が病に伏し、一昨年からこの神社にやってきた若い神主だ。
柔和を貼りつけたような顔をしているソイツはこちらへ姿を見せた。

「どうかしましたか?」
「いつのも婆さンはどォした。長いこと見てねェぞ」
「フユさんですね。半年前、肺炎で……」
「そォか」
「82の大往生だったそうですよ」
「……人の命は短ェなァ」
「あなたに比べればそうでしょうね。でも、悪くないですよ」





蒸し暑さに目が覚めた。
何十年前かも、何百年前かもわからない、夢の内容を思い出す。
なんで俺はまた、人との暮らしを始めたのだろう。
山に偶然入ってしまった小娘。
食っちまっても逃がしてやってもよかった筈だ。
ぼんやりと考えているとぎし、と床の軋む音がして振り返った。
奥の部屋からおなまえが姿を現した。
彼女は俺が用意した巫女の恰好をしている。

「これ、着てよかったんですか?」
「あァ、どォせ形ばかりの神社だ。巫女としてここに居ればいい」

返事はなく、おなまえは俯いていた。
それがどうしても気になって返事を促す。

「返事は?」
「はい……」
「何か不満があるのか?」

おなまえは沈黙した。
そして何か思い立ったように顔を上げた。

「お稲荷さま、ここに風呂釜はないんですか?」
「……ねェな」
「どうしよう、汗を流したいのに……お稲荷様だって臭い人間がいるのは」

なんだ、おなまえの不満はそんなことだったのか。
俺は彼女の首に顔を埋め、スンと嗅いでみた。
確かに汗臭さはあるが――

「これくらいなら別に――」
「嗅がないで下さい!」

叩かれた。
よほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしている。
まさか叩かれるとは思わず頬をさすった。
仮にも神を叩くなど、聞いたことがない。
俺はおなまえの手首を握った。
爪を立てると痛そうに顔を歪める。

「なにしやがる!」
「匂い気にしてる女の子の体臭嗅ぐってありえないです!」

手首は痛いだろうに、こちらを睨みつけている。
対等な立場だと思っているのか、この小娘は。
少しばかり怖がらせてやろうか。

「……温泉があるから連れてってやる」
「ひゃ、」

手ぬぐいを手に取りおなまえを肩に担ぐと、俺は木々の間を縫うように駆けた。
こうして山を駆けるのはいつぶりだろう。
背中側ではおなまえが悲鳴を上げて、足をバタつかせている。
己の口端が吊りあがるのを感じた。
ちょっとした崖から飛び降りると悲鳴は殊更大きくなった。
5分ほど走ると獣道が見えてくる。
そこを更に登ると岩の囲まれた湯の沸く場所があった。

「も、次はゆっくりお願いします……」
「そォして欲しけりゃ俺の機嫌を取っておくことだな」
「うう……私はお湯に浸かりますけど、あなたは?」
「見張りだ」

生身のある人と違い、入浴は必要ない。

「誰もいないのに?」
「オマエがまだ見てないだけだ。うちの巫女を不埒な輩の目に触れさせたくねェからな」
「……それは有難いですけど」
「不満か?」

さァそこで脱げと言わんばかりの態度におなまえは眉間に皺を寄せた。

「あなたの目に触れるのは嫌です」
「……」

俺は木の影でおなまえのいない方を向いて座ることにした。
これならばおなまえに何かあれば聞こえるだろう。
そこではて、と首を傾げた。

――なンで俺が我儘聞いてやってンだ?

『お狐さん』

首を傾げていると、二匹の妖怪が話しかけてきた。
子どものような姿をしているが、やたら頭の大きい低級の妖怪だ。

「あン?」
『女の子、向こうにいるんでしょ?食べていい?ねぇ、食べていい?』
『久しぶりの女の子!柔らかくておいしそっ……っ!』

二匹目の妖怪が口を閉じる前に、その咽喉を切り裂いた。
腕を引くと妖怪の血肉が辺りに飛び散った。
不快な匂いが辺り一面に充満する。
地面から、地獄から響くような声で生き残った方に告げた。

「あれは俺のモンだ。仲間にも伝えておけ、あいつに触れたら殺す」

やはり、見張りをして正解だった。
他の奴に渡すものか。
妖怪共の餌にはくれてやらん。




「お待たせしました」

場所を変えて待っていると、巫女服を着たおなまえが現れた。
薄汚れていた頬は血色が良くなり、社に現れた時より女らしくなったように思う。
それに巫女の姿が似合うようになった。

「どォだ、汗は流せたか?」
「ええ、お陰さまでいい湯でした……お陰さまで」

此処に連れてきた時のことを根に持っているようだった。
その表情は複雑だったが、俺に近づくなり彼女は眉根を寄せた。
辺りを見回し、すん、と鼻を鳴らす。

「なんだか……」
「どォした?」
「血生臭いようですが……お稲荷様、怪我でもしました?」
「いや、俺じゃない」

おなまえは首を傾げた。
追及される前にこの場を離れたい。

「早く帰るぞ」




To be continued...
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