中編

□お稲荷様パロ(タイトル未定)
4ページ/4ページ


あれから、米と豆腐を手に入れてきてやるとおなまえは稲荷寿司を作ってくれた。
皿に二つの稲荷寿司をのせ、夕飯に出されたのだ。

「これ、好きなんですよね!」

ワクワクといった様子のおなまえに、少しばかり罪悪感が沸いた。
確かに稲荷寿司は狐の好物とされているが――

「そりゃァ迷信だ。狐は肉食なンだよ」
「えっ……!稲荷寿司って言うのにですか!?」

ショックを受けた、という風な顔をするおなまえ。
素直な反応が可愛くて、彼女を安心させる意味も込めて小さく笑う。

「だが食えなくはねェから安心しろ。……懐かしいな」

一つ摘まんで目を細める。
稲荷寿司を食べるのは実に久しぶりだ。
もう何年前になるかわからない、昔のことを思い出した。
村の婆さんがよくお供えに来ていた。

「私のように作ってきた人、いたんですか?」
「俺は肉食だから別に油揚げなンか食べねェっつっても持ってくる、婆さンはいたな」
「……なんだかんだで稲荷寿司、嫌いじゃないのでは?」
「さァな」

口に放ると甘辛い油揚げの汁が舌いっぱいに広がった。
その出来事が昨日あったことのように、日々が短く感じる。
夏は過ぎ、季節は段々と秋へと移り変わっていった。
木々は紅葉し、日が落ちると寒さが増す。
二人は例のごとく秘湯に浸かりに行っていた。

「おまたせ」

そう言っておなまえは木の陰から顔を出した。
彼女は湯から上がり、衣服を身に付けたおなまえを俺が抱える。
以前『歩いて帰る』と言われたが彼女の足では遅いのでこうして抱えて帰ることにしている。
おなまえは不満げだったが一度歩かせると険しい山道に堪えたのか何も言わなくなった。
風呂上がりのおなまえは温かい。
社務所に着いたがどうにも降ろしがたく、まだ抱えたままでいた。

「降ろしてくれないんですか?」
「……。オマエが、あったけェから」
「そりゃ、お湯に浸かってきましたから……」

すりすり、と肌に触れ合わせる。
滑らかで温かいそれが気持ちいい。

「あなたもお湯に浸かればいいのに。必要なくても気持ちいいですよ」
「イイのか?一緒に入っても」
「……」

おなまえは湯あがりで血色の良くなった顔を更に赤くした。
うまそうだな、と密かに思う。
外が寒くなってきたせいだろうか。
まだおなまえを離したくない。
俺は彼女を抱えたまま和室に移動した。
そして出掛ける前に彼女が敷いた布団の上におなまえを下ろした。
自らも横になるとぎゅうっと彼女を抱きしめる。
この女は温かい。一緒にいたいと、心が叫んでいた。

「このままでイイだろ……」
「じゃあ尻尾下さい。あなたの温かそう」
「駄目だ。俺は温かくないか」
「……温かいですけど」
「じゃあイイだろ」

おなまえは俺を遠ざけようと両手で押していた。
何故拒絶されるのかわからない俺は、構わず彼女の首筋に顔を埋めた。
すん、という鼻の音と共にほのかに甘い匂いが鼻梁を擽った。

「オマエ、イイ匂いがすンだな」



おなまえの顔がもう一段階赤くなった。
視界の端に映る尻尾はパッタパッタと振られている。
そういえば彼、キツネはイヌ科だったかと思いだす。
こうしてくっついているのが良いのだろうか。
このように喜ばれては断りづらい。
鼓動が煩いのが、聞こえてしまいそうだった。

「なァ、何故俺が近付くまいと押さえる。俺は嫌か?」
「嫌ではないんです」
「じゃあ何で」
「恋人でもないひとと寝るのは、まずいかと……」
「……!」

俺は一旦おなまえから腕を離し、起き上がった。
彼女の横に手を付き覆いかぶさるようになる。
血を透かした赤い瞳がじぃっとおなまえの瞳を見詰めた。
見つめられる気まずさに、彼女は逃げるように視線を逸らす。

「……。巫女と、デキちまうっての……有りだと思うか?」
「え、」

おなまえは驚いたように俺を見た。
彼女にとって予想外の言葉だったのか、続きを促すように黙ったままだ。


「……俺は、オマエとツガイになりたいと思ってる」
「でも、私は人で、お稲荷様は……」
「信者のいない今、俺はもォ神じゃない。ただの妖狐みてェなもンだ」
「でも、妖怪でしょう?」
「……人じゃないと駄目なのか」
「だって、いつかあなたを悲しませてしまう」

確かに俺と人の寿命は大きく異なる。
おなまえから伸ばされた手が、頬に触れた。
温かくて柔らかくて、気持ちいい。
俺は目を細めた。
遠い昔、人の温かさを好いていたことを思い出した。
忘れていたことを、彼女は思い出させてくれた。

「それだけか?理由は」
「ええ。お稲荷様のことは……」

おなまえは一度口を噤んだ。
彼女の目元は赤くなっている。

「お慕いしております」

その言葉に、胸が高鳴る。
脳裏で若い神主と昔した会話が蘇った。

『……人の命は短ェなァ』
『あなたに比べればそうでしょうね。でも、悪くないですよ』

どォせ後に続く者もいない。
神としての役目はとうの昔に終えた。
ここにあるのは、自分の為に終えていい命なのだ。
一方通行は自らの額に触れた。
指で触れた箇所が一瞬だけ熱を持つ。
おなまえは戸惑ったような視線を向けていた。

「オマエが死んだら、俺も消える。そォ術を掛けた」
「そんな……」
「俺を信仰する者はもういない。今まで消えず、この世にとどまっていたことがおかしいンだ」

また、昔のように人と暮らしたかったンだろうと思う。
それが未練となって、此処に住み続けた。
自分でも気づかぬまま、またこの山に誰かが来るのを待っていた。
そこに来たのがおなまえだった。
心の底にあった心が彼女を食い殺さず逃がさず、この山に留めさせたのだ。
悲痛な顔をしたおなまえの頬を撫でながら言葉を紡ぐ。

「もォ、イインだよ。そンな顔をするな。二人で死ねるなら幸せじゃねェか。それともオマエは俺に一人で生きてて欲しいか?」
「……あなたは寂しがりやですものね。それが、いいのかもしれません」



身体を起こしたおなまえと寄り添うように頭を肩に預けた。
手を触れ合わせると優しい体温が伝わる。

雪が解ければ、やがて春が来る。
何百年と無為に過ごしてきた季節。
それが限りあるものと思えば、愛でようという気にもなってくる。

「知ってるか、その辺りの木は桜なンだ」
「じゃあ社でお花見ができますね」
「あァ」

おなまえの喜ぶ顔を見るのが楽しみだ。
俺はそっと目を伏せた。




end
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ