中編

□君が人魚ならよかった
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※この一方通行はまだ中学生設定です。





9月19日、正午。
一方通行は騒々しい音で目を覚ましていた。
今日から一週間、大覇星祭が行われる。
しばらくは道路は混雑し街は煩くなることだろう。
期間中は実験も学校関連の予定もない。
ただ気ままに鬱陶しく過ごすだけだ。
彼はシーツを乱しながらゆっくりと起き上がった。
冷蔵庫は空だった筈だ。
昼食を食べに行くかと、一方通行は身支度を始めた。

大覇星祭。
それは学園都市にある全学校が合同で行う体育祭だ。
異能者が繰り広げる大運動会は外部からの注目度も高く、外からの見物客も多い。
街に出ると人通りが多く、一方通行は眉を顰めた。
大覇星祭の影響で学園都市内の人口密度が高まっているのだろう。
これではファミレスに入っても順番待ちが必要になるかもしれない。
人の空く時間まで寝ていればよかった、と彼は欠伸をした。

その時、前を歩いていた少女をバイクが追い越した。
少女はバイクに突き飛ばされるようにしてよろめき、ショルダーバッグが無いことに気付く。
スリだ。

「ど、どろぼー!」

少女は泣きそうな声を上げてバイクを追いかけるが人の足で追いつく筈もない。
一方通行はトン、と軽くアスファルトを蹴った。
するとアスファルトに亀裂が走り少女を追い越しバイクを転倒させた。
バイクに乗った少年は怪我をしたようで膝を押さえて呻いている。
少女はバイクに駆け寄り鞄を取り戻すと、もう取られないようにと両腕で抱えこんだ。
周囲では人だかりができ、携帯を手にし連絡を取る者がいた。

「警備員には誰かが通報したみたいだぜ」
「……これ、あなたがやったんですか?」

少女は道路の亀裂に目を落とした。

「あァ。警備員には黙っとけよ。事情聴取に巻き込まれるのは嫌だからな」
「あ、ありがとうございました!」

一方通行は目を瞬かせた。
お礼を言われたのは何年ぶりだろう。

「大したことじゃねェよ。じゃあな」
「な、なにかお礼させて下さい。よかったらお昼食べませんか?」
「……」

お昼は、今から食べに行くところだ。
断る理由はなかった。




ファミレスには意外にも順番待ちをせずに入ることができた。
丁度昼時のピークを過ぎていたからかもしれない。
目の前の少女を改めてみると、歳は自分と同じくらいに見えた。
目が合うと頬を赤らめ、窓から見える建設中の宇宙エレベーターを眺めた。

「あくせら、れいたさんって言うんですか。私はみょうじおなまえです」
「オマエは『外』のモンか?」
「はい!学園都市内に進学した友達に会いにきました!」
「ふゥン」
「あくせらさんはどんな能力を持ってるんですか?」
「……ベクトル変換、だ」
「ベクトル……習ったばかりです」

みょうじは難しそうな顔をした。
基礎がわかっていれば能力を説明するのは簡単だ。

「運動量だの熱量だの、電気量だの色々あンだろ。それを操れンだよ」
「というと、幅広く使えそうですね」
「そォだな。今だって有害な紫外線は反射してるし歩きやすいよう重力も操作してる。これから寒くなるだろォが冷気も反射できるしな」
「すごい!日焼け止め要らずでコート要らずですか。すごく便利に生きてますね……ところで――」

みょうじはテーブルからアンケート用紙とボールペンを手に取った。

「あくせらさんって珍しい名字ですけど、どんな漢字を書くんですか?」

やはり勘違いしていたのか。
若干呆れつつもアクセラレータの読みに当てた文字と、それが能力名でもあることを教えるとみょうじは驚いていた。
その顔は複雑な様子で、何故彼女がここでそんな顔をするのかわからなかった。

「名前を……捨てたんですか?」
「あァ」
「……名前で呼ばれなくていいんですか?」
「イインだよ……どォせ、呼ばれてェ人間がいねェから」

みょうじは悲しそうな顔をした。
言いながら、コイツには本当の名前を呼ばれてもいいかもしれない、なんて考えていた。
なんで、コイツは人の為にそんな顔ができるのだろう。

「……」

なんで、コイツは『外』の人間なんだ。
ギリッ、と奥歯が鳴った。
俯いていると、注文したメニューを店員が運んできた。
みょうじは箸を取りいただきます、の仕草をしながら一方通行さん、と言った。

「わたしは、あなたの本当の名前、呼びたいですよ」
「……そォ、かよ」

一方通行はそれ以上言わなかった。
これ以上、己の中へ踏み込ませたくなかった。
どうせ一週間が過ぎれば『外』へ出て行く彼女には。
食事を終えて少しした頃、みょうじは気が付いたような声を出した。

「あ、もう行かないと」
「トモダチとの約束か?」
「はい、もう始まる競技が……すみませんが、先に出ます」

みょうじは身支度をして立ちあがった。

「明日もまた、会いましょうよ」
「…………」
「明日の正午、ここの前で待ってますから」

そう言って彼女は伝票を持って行ってしまった。
スリから助けた『お礼』とのことだったのでオゴリなのだろう。
一方通行は食後のコーヒーを飲み干すと、大きく溜息を吐いた。

「俺が来なきゃずっと店の前で待つのかね。アイツは」




to be continued...
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