中編

□君が人魚ならよかった
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一方通行はあれから殆ど部屋の中で一日を過ごしていた。
昼過ぎ、アラームが鳴り携帯を開く。
彼は日付を見て眉を顰めた。
今日は、大覇星祭の最終日だ。
みょうじと一方的な別れ方をしたのが心残りだった。
きっとこのままでは後悔する。
一方通行はゆっくりを身体を起こした。
外に出て、会えなかったならそれでいい。
それでも、できることはしたっていいだろう。




ファミレスの前、みょうじは地図を睨みながら座っていた。
一方通行が立ち尽くしているとみょうじは彼の影に気づいたらしく、顔を上げた。
彼女は驚いたように目を丸くした。

「一方通行……さん?」
「なンで……ここに」
「ちょうど良かった!暇ですか?水族館に行きたいんです」

みょうじは一方通行に気付くなり立ち上がった。
彼女の口から出たのは思わぬ台詞で、彼はポカンとしている。
それに構わず一方通行に向かってパンフレットを示しながら近付いてくる勢いに、彼は後ずさりをした。

「オマエ、友達はイイのか?」
「ええ、沢山遊びましたし、りっちゃんにも学園都市の友達がいますから」
「……」
「そんな顔しないで下さい。りっちゃんにあなたのことを話したら、オープンしたばっかりの水族館があるから行ってきたらって」

一方通行は口を噤んだ。
今、彼女が一緒に行ける人物は自分だけだ。
これを断ればみょうじは一人で一日を過ごすことになる。自分のせいで。
みょうじは期待に目を輝かせていた。

「せっかく再会できたんです、行きましょうよ」
「…………しょォがねェなァ」

一方通行は根を上げた。
5日前、自分がどんな思いで帰ったのか彼女は知らない。
同じように彼女がどんな思いで此処に来て、水族館に誘ったのか、知りたかった。





二人はバスに乗って移動することにした。
大覇星祭期間中、それも最終日の為か、バスは貸し切り状態だった。
途中コンビニで買ったチキンに被りつきながら、一方通行は隣の少女に問いかけた。

「なンであの場所にいたンだよ」

みょうじは咀嚼していた鮭にぎりを飲みこんだ後、得意げに胸を張った。

「今日は大覇星祭の最終日ですもん。私なら初めての友達は邪険にできません。今日なら会えると思ってました」
「……それだけか?」
「それだけです。文句ありますか?」
「別にィ」

一方通行は気のない返事をすると窓の外へ視線を向けた。
水族館へ行くのは初めてだ。
1週間前の自分ならば有り得なかったことだ。
引ったくりにあったみょうじを助けたことで自分の何かが大きく変わっていた。
自分が何を望み何を欲していたかを、自覚してしまった。





バスに揺られて40分ほど経った頃だろうか。
水族館前だというアナウンスに一方通行は眠りかけていた頭を覚醒させた。
降りた水族館は学園都市の科学技術を駆使したということで少し前に話題になっていた。
しかしながら大覇星祭の影響か、客の入りはイマイチなようだ。
みょうじは受付でチケットを提示した。

メインとなっている巨大水槽では天井から壁、足元までが一つの水槽となっている。
通路を歩きながら海の中を体感できるような作りだ。
みょうじは目を輝かせながら感嘆の声を漏らした。

「わぁ、すごい……」
「水槽の魚は深海魚の遺伝子を混ぜてンだと」
「そういえばああいうの、いましたね」

水槽には交配によって作られた魚が泳いでいた。
やたらと顎の発達したもの、身体が光るもの、骨が透けているもの。
群れを為す小さな魚たちは、水槽の遥か上空にある太陽の光を受けて輝いていた。

――学園都市の実験動物の一部、か。

作られた魚たちは自然に戻すことはできず、偽りの海で生活している。
自分も似たようなものだ。
実験動物のように能力開発を施され、人工の街に住んでいる。
一方通行は自分を見ているようで嫌になってきた。
みょうじは何も気づかずに魚を見ては笑みをこぼしている。
彼女の足元を大きな魚が泳いで行った。

「海の中で浮いてるみたいですね」
「……あァ。先行くぞ」
「えっ……ま、待って下さい!」

みょうじが一方通行にしがみつき、彼は足を止めた。
こうされては次の順路に進めないではないか。

「……わかってても沈んでしまいそうで」
「しがみつくな……ほら」

一方通行は黙ってみょうじの手を握った。
明日、みょうじは『外』へ帰ると言う。
『外』なんかに逃がしたくないと思う。
この手を、離したくないと。
この少女が人魚ならばいつでもこの水槽に来られたのに。
そう考えて、馬鹿馬鹿しいと一方通行は自嘲した。
望んだところでどうにもならないのにと。





第七学区に帰り着く頃には既に日が暮れていた。
バスを降りるとみょうじは伸びをした。

「面白かったですねぇ」
「そりゃ良かったな」
「ええ、もっと観光すれば良かったなぁ……明日帰るのが名残惜しいです」

やはり、明日帰るのか。
一方通行は思った。
バス停から歩いて少しした頃、みょうじは言った。

「あ、ここ私が滞在してたホテルです。今日は付き合ってもらってありがとうございました!」
「…………」
「……えっと、帰らないんですか?」

みょうじは困ったようだった。
一方通行は何も言わなかった。言えなかった。
ようやく口をついで出た言葉は情けないものだった。

「帰りたくねェ……」

明日、みょうじは『外』へ帰ってしまう。
ここで彼女と別れたらもう会えない。
街は大覇星祭を終えて賑やかだ。
外はこんなにもにぎやかなのに、またひとりぼっちになってしまう。
まだみょうじと一緒にいたい一心だった。





第三学区にある個室サロンに来ていた。
ソファに腰かけるとみょうじは緊張した、とばかりに胸を撫でおろした。
『外』の子どもであるみょうじには無縁な施設だ。無理もない。

「こ、こんなところがあるんですね……」
「ン。俺も初めて来たけどな」

いくら一方通行がお金を持っているとはいえ、特に来る用事もなければ借りる理由もないのだろう。
彼に一緒に来る人間がいないことを知るみょうじはなんとなく察した。
沈黙が気になったみょうじはとりあえずテレビをつけることにした。
しかし初めに映ったのは恋愛ドラマのキスシーンで、彼女の心臓はドキリと跳ねた。
これは気まずい。
急いで流行りのバラエティ番組に切り替えるとみょうじは溜息を吐いた。
個室に異性と二人きりで意識しないほどみょうじは能天気ではない。
その証拠にここに来てからの彼女は姿勢を正したままだ。
膝までしっかり揃えて座っている。


「付き合わせて悪かったな」
「いえ、気にしないでください。水族館に付き合わせたのは私ですし」
「……もォ、学園都市には来れねェのか」
「転校は親がなかなか許しません。次に会えるのは来年の大覇星祭でしょうね」
「そォ、か……」

それだけ返すと一方通行は口を閉ざした。
みょうじはしばらく困ったような顔をしていたが、ふと何か思い出したような素振りを見せた。
鞄からメモ帳とペンを取り出したかと思うと、何かを書き始めた。

「これ、メールアドレスです。私が帰ってもメールで話しましょうよ」
「……」

一方通行は返事をせずにメモを受け取った。
メモには綺麗な字でアドレスが記されている。
半分に折り畳んでズボンのポケットにしまうと、彼はテレビに視線を向けた。




かくん、と一方通行の頭が揺れた。
時刻はもう11時だ。
遠出、というほどでも無いが珍しく遠くへ移動した。
彼も疲れたのかもしれない。

「眠いんですか」
「……ねむくねェし」
「舟漕いで何言ってるんですか…」

再びかくん、と沈みそうになる頭を見て、みょうじは思わず口に出していた。

「膝枕、しましょうか?」
「……ェ」

その言葉で目が覚めてしまったのか、一方通行はキョトンとしている。
まじまじと見つめられ、みょうじは恥ずかしくなって俯いた。

――わ、私ってば、なんて提案をしてしまったんだろう!もう目、覚めちゃったみたいだし。

「い、嫌じゃなければ膝に頭、乗せてもいいですよ……」
「……じゃ、ひざ借りる」

思いのほか一方通行は素直だった。
目は開いているが頭が寝ぼけているのだろうか。
頭を遠慮がちに膝に乗せソファに横になると、一方通行は目を閉じた。
眠気は限界だったらしく、彼が寝息を立て始めるまでに時間はそうかからなかった。
みょうじがテレビの電源を消した時、下から掠れた声が聞こえた。

「……に、いろよ」
「……寝言?」

何を言ったのかは気になるが、聞き取れなかった。
みょうじは一方通行の髪を撫でた。
白い猫っ毛を撫でると彼の口元が少しだけ緩んだ気がした。

「私は、残酷なことをしたのかな……」

一週間の滞在なのに孤独な男の子と仲良くなって、こうして別れを惜しませてしまった。
両親の説得さえできれば、学園都市に転入するのに。
そろそろ眠くなってきた。
みょうじは膝を動かさないようにソファに身を沈ませた。




翌朝、先に目を覚ました一方通行は苦虫を噛み潰したような顔をした。
昨晩の記憶が曖昧だ。
どういう経緯で膝枕をして貰ったのか、覚えていなかった。
こうなってしまったものは仕方ないと、彼はそのままの格好でみょうじの寝顔を眺めていた。
彼女が目を覚ましたのはそれから数分後だ。
一方通行はみょうじが滞在していたホテルまで送ることにした。

「さよなら。一方通行さん」
「…………」

一方通行の返事はなかった。
ただ気をつけて、とだけみょうじの耳には届いた。




to be continued...
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