中編

□君が人魚ならよかった
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俺は学園都市から出られない。
魚が水から出られないのと同じだ。
学園都市は、高レベル能力者を外には逃がさねェよ。

一年後など待てるはずがない。
そもそも自分は学生を終えたところで学園都市を出られないのだ。
年に七日会ったところで、二人に未来はない。

「…………っ」

もらったアドレスを一方通行はぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に放り込んだ。
咽喉が痛かった。
それが泣きたいからだと彼は気づかない。
気づかぬまま、寝床に横になると毛布を掻き寄せて被った。






大覇星祭が終わって一か月が経過したある日、一方通行はファミレスで遅い昼食を取ることにした。
ステーキを注文し、料理ができるまでの時間を持て余す。
前に来た時はこんなに暇じゃなかった。
早く一人でいることを受け入れ直さなければ。
一方通行が溜息を吐いていると、大人しそうな少女が近付いてきた。
眼鏡を掛けたその少女はおずおずと彼に話しかけた。

「あの、すみません。一方通行さんですね」
「あァ?誰だよ」

一方通行が軽く睨むと少女は怯えたように首を竦めた。

「ご、ごめんなさい。りっちゃんって言ってわかります?」
「あァ?生憎ンな知り合いは……」

いねェ、と続けようとした時、みょうじのことを思い出した。
水族館に行く前に、彼女は友人の名を口にしていた。
『りっちゃん』友人のことをそう呼んでいた。

「……みょうじの、友達か?」
「そうです」
「……長くなるなら座れよ」

一方通行が目の前の席に座るよう促すと、彼女は失礼します、と言って腰かけた。

「一方通行さん。みょうじに会いたいですか?」
「……どォせ来れねェンだろ?」
「まぁそう言わずに。あれから連絡、取ってないんでしょう?」
「……あァ」

りっちゃんと名乗る少女は小さなメモをテーブルに置いた。

「メールアドレスと番号です。みょうじに頼まれました。そしてもう一つ、朗報です」

朗報。喜ばしい知らせ。
ごくり、と一方通行は唾を飲み込んだ。
いつのまにか彼女の存在が自分の中で大きくなっていたことに彼は気づいた。

「彼女、一端覧祭に来ると言っていました」
「……」
「両親を説得できたようです。学園都市の高校に行きたいって。一方通行さんをぬか喜びさせることにならないよう、決まるまで言えなかったそうです」
「そォか」

反応の薄い彼に少女は余計なことを教えたのかと、内心穏やかではなかった。
みょうじが友達になったというこの少年は、会ってからニコリともしない。
とにかく言うべきことは言ったのだ。
後は自分の出る幕ではない。
この人が決めることだ。
少女は立ちあがった。

「では、私はこれで」
「……教えてくれて、助かった」
「……はい!」

きっとこの少年は感情を表に出すのが苦手なのだろう。
勇気を出して言って良かった。言いに来て良かった。
友達とこの少年のキューピッドに自分はなれただろうか。
ゆっくりでもいい、二人が仲を深めるきっかけになれたなら、それは喜ばしいことだ。
少女は心の中でにんまり笑いながら、友人のいるテーブルへと帰って行った。




その日の晩、一方通行はみょうじに電話を掛けた。
電話の相手が自分とわかるなり、メール待っていたんですからね、と軽く怒られた。
メモを捨てたことを反省しつつも彼は来年度のことが気になっていた。

「もォ受験する学校決めたのか?」
「いえ、一端覧祭に行ってから決定したいと思います」
「そォか……」
「入学試験、受かってみせますからね。待ってて下さい」
「まだ学校も決めてねェだろォが」

電話の向こうで笑い声が聞こえた。

「待ってる」
「ええ、あ。一方通行さんは高校決めてるんですか?同じとこ行けたら嬉しいです」
「いや、そこまでは……期待しねェから」
「どっ、どういうことですか!教えて下さいよ!」

一方通行は渋々入学予定の高校を教えることにした。
携帯電話を片手にパソコンで検索したみょうじは悲鳴を上げた。
彼の学園都市における成績を失念していたようだった。

「う、うう……同じ学校通いたかった……」

既に諦めた独り言が電話越しに聞こえる。
一方通行は頬が緩むのを感じた。
成績さえ叶えば同じ学校を選んでくれたのだろうか。
言葉だけでも嬉しかった。

「学区だけでも近いとイイな」
「はい、一端覧祭では近い学校に行きますね……あ、親が呼んでる」
「じゃあもォ切るか」
「……ですね、また電話しますね」
「あァ、じゃあな」
「おやすみなさーい」

通話ボタンを切った一方通行は腕で顔を覆った。
こまった、うれしい。
友達としてでもなんでもいい、自分はこの少女に好かれているようだ。
うれしくて、早く会いたくて、このはやる気持ちの正体がわからなくて彼は困っていた。




end
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