長編

□現在
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近頃は徐々に温かくなってきており、空気は湿り気を帯びてきた。
今日はそんな中、夕立が降り始めた日だった。
ドアの音とともに聞こえたのは溜め息のような声。

「ただいま」
「おかえ……」

ナマエの姿を見たことで言いかけた言葉が止まる。
帰宅したナマエは全身がずぶ濡れだった。
濡れ鼠の姿に溜め息を吐く。

「予報で雨出てたろ」
「うん。傘忘れちゃった」
「コンビニで買わねェの?」
「もう家の近くだったから」

玄関に立ったままのナマエを見て、このまま部屋に上がるのが嫌なのかと察しがつく。
棚からタオルを取り出し渡してやる。

「ありがと」

そう言ったナマエは早くあがる為にか足元ばかり拭いている。
濡れた髪は肩に滴りブラウスから僅かに下着が透けている。

――……その格好で外歩いたのかよ、この馬鹿。

邪念を振り払うようにナマエの頭にタオルを被せた。

「身体冷えるだろォが」

わしわしと荒く水分を拭いていく。
んふ、とこもった声が漏れた。
髪とタオルの間から覗く口元は笑っている。

「はやく風呂に入っちまえよ」

平気な顔をしているが雨に濡れたのだ。
ナマエが風邪をひいた場合、自分の看病と家事のスキルには期待できない。

「……んー」

タオルを被ったままのナマエは逡巡した。
「上がったら、もっかい髪拭いてくれる?」
「………は?」

予想だにしない頼みに間抜けな声が出た。
それをナマエは自分が嫌がったのだと受け取ったらしい。

「面倒だったら別にいいけど」
「いや、構わねェよ」


風呂から上がったナマエは頬を上気させていた。
ベッドに腰掛けた一方通行に髪を拭いてもらいながら言葉を紡ぐ。

「一方通行って意外と面倒見良さそうだよね。案外いいお父さんになったりして」

まさか。
彼女の言葉に一瞬手が止まる。

「……それはないだろ」
「そうかなぁ」
「この歳でお父さンはねェよ」
「ああそっちか。確かに」

実際、両方のつもりだった。
父親姿を想像されるにはまだ学生の身であること。
そしてまともな育ち方をしてない自分がいい父親になれる筈がないこと。
前者のみだとナマエは誤解しているようだが、後者については内に留めておく。

しっとりとした黒髪を拭きながら一方通行は動揺していた。
自分が父親になる可能性など、今までこれっぽっちも考えたことがなかったからだ。
自分が家庭を持つ可能性など……。

―――一瞬でもコイツとそォなることを考えちまった自分をぶん殴りてェ。


くしっ、控え目なくしゃみの音がした。

「オマエ……暖まって来なかったのかァ?」
「そんな筈はないよーくしゃみくらい寒くなくても出るって」


ひっくしゅん。




To be continued...
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