長編

□現在
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翌日、ナマエが熱を測ると体温は9度近くになっていた。
昨日のうちに病院で薬を貰っておくんだった、ナマエは溜め息を吐く。
体温を報告すると一方通行も顔を曇らせた。

「病院、行くから着替えろ」

そう言って一方通行はダイニングへ行き扉を閉めた。
今日の彼は早起きだ。
体温を測ったのはナマエが起きた直後だった。
先に起きていた一方通行が渡してきたのだ。
ナマエはのそりと起き上がり、暖かめの格好に着替える。
熱で頭がぼんやりするせいで、どうにも鈍い動きしかできない。
最後に薄手のカーディガンを羽織り、こんなものかと頷いた。

「きがえたよー……ん?」

ドアを開けると一方通行にマスクとストールを装着させられた。

「大げさじゃない?」
「多少暑いくらいの格好にしとけ」

熱い息を吐きながらの抗議もそう言いくるめられてしまった。
肩掛けの鞄を取り出し出掛ける準備はできた。

ナマエが玄関先で靴を穿くと一方通行に抱えられた。
いわゆるお姫様抱っこと言っても差し支えないだろう。
顔を赤くし、力の入らない腕で一方通行の背中を叩く。

「あ、歩けるよー」
「イイから」
「ううー」

ナマエのささやかな抵抗は無視され、彼は階段を降りていく。
抱えられてみると意外と広い胸板に彼女は胸を高鳴らせた。
普段細いと思っていただけに、だ。
あまりの恥ずかしさにナマエは顔を一方通行の胸に埋めていた。

アパートの前には一方通行が呼んだらしいタクシーが停まっていた。
ナマエは後部座席に放り込まれ一方通行も座席に腰かける。
一方通行は行き先を告げた。




かえる顔の医者からは抗生剤を始めとする薬を貰った。
帰宅し、昼食にする。
一方通行に食欲がないと言うと「薬が飲めねェだろうが」と一蹴された。
昨日の雑炊を一口、ニ口。
そしてゼリーで手を打って貰う。
辛そうにしていたのだろうか。
温めた雑炊を持ってきた一方通行がスプーンを突き出してきた。
照れているのかこちらの方を見ようとしない。
あまりの珍しさに私は一方通行の好意に甘えることにした。

「あーんしてくれるならもうちょっと食べる」
「……そォかよ」

私が頬を緩ませたいたのが癪だったようだ。
口元まで持ってきていたスプーンを、私が食べようとした直前で一方通行は自分で食べてしまった。
空気を食べた私は目を瞬かせた。

「いじわる!それを病人相手にしちゃうの?」
「まだあるだろ。病人なら黙っとけ」

一方通行はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、雑炊を掬った。


食後、私はベッドに横になった。
一方通行は洗いものをしてくれているようだ。
昨日から一方通行は優しい。
この心配性の少年は何かと大丈夫か、と聞いてくる。
それが嬉しい。
風邪を引いているのに心は沈まず、寧ろ体調を崩してよかったとすら思えてくる。
このような時でなければ今日のような一方通行を見ることは叶わなかったのだから。



そろそろ寝る時間だ。
熱にうかされながらナマエは遠慮がちに告げた。

「一方通行、うつるといけないからダイニングで寝た方が」
「アホ。俺の能力忘れてンのか」
「……反射?」
「そォいうこった。俺にうつるこたァねェンだよ」

言いながら一方通行は思い出す。
初めてナマエに会った晩のことを。
眠れずにいた一方通行の手を、彼女は何を言わずとも握ったのだ。
彼女は体調を崩した人間の心細さを知っていた。
それは彼女自身の経験によるものではないかと彼は考える。
一方通行の能力がなかったとしても、彼はナマエをひとりにするつもりはなかった。

照明を消して横になる。
暗くなった部屋で聞こえるのは荒い呼吸だ。
自分は平気だが今夜、ナマエは眠れるだろうか。
一方通行はできるだけ眠らないよう努力しながら耳を澄ませていた。
苦しげな呼吸が聞こえるたび、彼は起き上がってナマエを注視した。
ナマエはそれ気づいていたらしい。
何度目かのそれに彼女は額に汗を滲ませながら力なく笑った。

「大丈夫だよ、眠っても。……それとも、私のせいで眠れないかな?」

伸ばされた手が一方通行の頬を撫でた。
彼はその手を掴むと言った。

「あァ。寝て欲しけりゃ早く治すこったな」
「心配しないでいいのに」

一方通行の行動などとうにバレてしまっている。
もういちいち観察する必要はなかった。
彼はナマエの手を握った。
次第にナマエの呼吸は落ち着きを取り戻している。
彼女が眠ったのを確認すると、一方通行はそのままベッドに上半身を預けるようにして眠った。
目を開ければいつでもナマエの姿が見えるように。




to be continued...
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