長編

□過去
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一方通行はこの時、ナマエに対して確かに好意を抱いていた。
それは純粋な好意だった。
好いてくれたから好きになりたい。
優しいから優しくしたい。
それはごく単純で見返りを求めない種類の感情だ。
かつて一方通行の中になかった感情。
戸惑いもあっただろうが彼はそれを慎重にそっと受け入れた。
この感情が他者に害を及ぼさないように、徐々に。
望むのはこのまま、ただナマエと過ごすことだった。




季節はすっかり秋へと移り変わっていた。
一方通行は寒い風から逃げるように、足早に帰宅した。
外出から帰宅した彼を待っていたのは黒猫のカチューシャをしたナマエだった。

「トリックオアトリート!」
「……あ?」

一方通行は少しポカンとした後、悠々と靴を脱ぎながら訊ねる。

「なンだァその耳」
「ノってくれないと恥ずかしいなぁ……。ちょっと前に家庭科の余り時間に作ったの」
「サボリじゃねェか」
「今日ハロウィンなんだよ。お菓子ないとイタズラするよ?」
「菓子なンざ持ってねェよ」
「じゃあイタズラね」
「具体的にはナニするってンだよ一体」

二人は話しながらダイニングを通り過ぎた。
そして暖かい寝室に足を踏み入れる。
そこでナマエは彼の疑問に行動で答えた。

「こう、だよ!」
「なッ……っ」

ベッドへと追い詰めるようにして一方通行の脇腹をくすぐったのだ。
普段外部刺激を受けない彼は反射無しには敏感だった。
耐えようとしても笑い声が漏れてしまう。
ベッドに身を沈ませて悶える一方通行にナマエはにたりと笑う。
我ながら珍しいことをしてみた、と。

「くァ……ひッ……」
「ふふ、我慢しないでいいのに」
「……ナニしやがる!」
「あれ……?」

指の感触にナマエは首を傾げる。
くすぐることができない。
どうやら反射されたようだ。
いくらくすぐっても一方通行の反応はなく、寧ろこちらの指がもやもやした感覚になる。
ナマエが首を傾げていると、下から低い声が聞こえてきた。

「お仕置きの覚悟はできたか?」
「お手柔らかにぃ……」

こうなっては一方通行は無敵だ。
ナマエは苦笑いを浮かべるしかない。
先ほどとは逆転し、ベッドの上で見悶えることとなる。
一方通行をくすぐった時は少し笑わせる程度だったのだが、なかなかやめてくれない。

「ひゃっ、ははは」
「くすぐられる気分はどォだよ?」
「っ……苦し、も……やめ、」
「懲りたか?」

一方通行は手を止めた。
まじまじとナマエを見下ろし、言葉に詰まる。
息絶え絶えの彼女の頬は上気し、目尻には涙が浮かんでいた。
色っぽいその姿は彼を驚かせ、少し後悔させた。
見てはいけないものを見てしまった。
そんな気分だ。

――そォだ、こいつも女だった。

ごくり、と唾を飲み込む。
ナマエは家族である前に女だ。
当たり前のことなのに忘れかけていた。
一度意識してしまうと先ほどの情景が消えない。
情景を振り払いながら、仰向けのままのナマエが起き上がれるよう手を差し出した。

「ほら、大丈夫か?」
「ん、ありがとう」

一方通行の手を取り、ナマエは身体を起こす。
そしてまじまじと一方通行を見つめた。

「……。なンだよォ」

黒い瞳に見つめられ、一方通行は居心地が悪くなる。
それでもナマエはしつこく見つめてくるので仕方なく視線をやった。

「やたら目をそらしてるよね?どうかした?」
「は?!やめろ!見ンな」
「ええ?」

なンだ、コレ。
なんだか恥ずかしくなって目を合わせられなかった。
それに顔が熱く妙に心音が煩い。
さっきまでなんともなかったというのに。
一方通行は混乱した。
先ほどのナマエの姿が脳裏に焼きついて離れないのだった。




to be continued...
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