長編

□過去
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無機質な白い部屋に一方通行はいた。
ナマエは眠っているようだった。
ところどころ包帯が巻かれているが顔はきれいなまま、目の前に横たわっていた。

「なァ」

いつもと違うのは息づかいを感じられないことだ。

「ナマエ。起きろよ……はやく、帰ろォぜ」

返事はなかった。
頬に触れた。
まだ暖かい。
心臓の上、胸に触れた。
そこに鼓動はない。
がくり、と力が抜け落ちる。
ナマエに覆いかぶさっていた。
ぎゅっ、と目を閉じる。
脳裏のナマエはいつも笑っていた。

優しくて
笑いかけてくれて
呼んで
傍にいて
触れて
抱きしめてくれる
そんなナマエが、

「す……き、だ」

彼女の耳の近く、掠れた声で囁いた。
いつかナマエが言ってくれた「すき」に答えてあげられたらよかった。
彼女に聞いて貰えるうちに、言っておけばよかった。
未だ、その好意がどのような種類なのかわからないけれど。

「ナマエ……」

まだ温かかった。
彼女はまだ、温かかった。





笑いかけてくれた。
恐れず触れてくれた。
好きだと言ってくれた。
抱きしめてくれた。
名前を見つけ、呼んでくれた。
孤独から救ってくれた。
唯一の、といえる大事な大事な人だったのに。
なくしてしまった。
手の届かないところにいってしまった。
もう二度と会えないのだと思いたくない。
これきりだと、思いたくない。

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
一人にしないでくれ。
俺を、置いていかないでくれ。




「ふ……く…………うァああ」

絶望を見た。
呻くような自分の嗚咽で目を覚ました。
目からはとめどなく涙が溢れてくる。
一気に現実に引き戻され、ここがナマエの部屋であることを思い出す。
寝ている彼女を起こしてはいけない、と手の甲で口を塞いだ。

「ァああ、ゥ…………」
「どうしたの?」

努力も虚しく彼女を起こしてしまったらしい。
乱れた呼吸を落ちつけようと深く息をする。
目線が同じ高さになるようナマエはベッドから下りた。

「ナマエ……」
「悪い夢、かな?だいじょうぶ……大丈夫」

そう言ってナマエは一方通行の頭を抱いた。
穏やかな眼差しで、大事そうに。

「……」

ナマエにしがみつくようにしながら、一方通行は首を振った。
あれは過去の想起だ。
ナマエのことを思うと夢にしてしまうことなどできない。
あれは事実だ。
大丈夫じゃなかったンだよ。
一方通行は瞼を閉じ、あの日のことを思い出した。




ナマエと過ごした時が満たされていた分、胸にある喪失感は大きかった。
ナマエに貰った幸せを自分はまだ返していないのに。
感謝も好意も伝えきれていないのに。
夢であってくれ。
嘘であってくれ。
そう願いながら一方通行は帰路に着いた。
しかし誰もいない部屋に帰るのは怖い。
途中人気のない路を彷徨い歩き、日付が変わった頃に彼は観念することにした。
アパートのドアの前、彼は希望を捨て切れずにいた。
病室に横たわるナマエの遺体を認めきれずに。
どうか、どうかこれが何かの間違いでドアを開けたらナマエがいるように願った。
一方通行は深く息を吐いた。
ドアを開けると一切の希望を無くしてしまう。
ドアを開けるのを少しでも先延ばしにできるよう、携帯を見た。
メールも着信もない。
液晶が時間を表示する。
時刻は日付が変わりさほど経っていなかった。
部屋を出たのは朝だったのに、一日の大半を病院で過ごしてしまった。
そういえば胃の中が空だ。
まだ食べる気にはならないので放っておくことにする。

携帯をポケットに納めようとした時、示された情報に違和感を覚え再び開いた。
西暦が、去年になっている。
去年、彼女に出会った日を示していた。
いつの間にか、外では雨が降り始めていた。


――どォいうことだ。携帯の故障か?

ひとまず彼は鍵を取り出しドアを開けようとした。
だが、今まで使っていた鍵穴にうまく通らない。
使っていた鍵が合わない……?
一方通行は疑問に駆られながら、力を使った。
錠前を破壊しドアを開ける。
足を踏み入れ、心臓を落ち着かせるように深く息を吐く。

「……ナマエ、か?」

目頭が熱くなるのを感じた。
見慣れた部屋の中、怯えたように布団を被った希望がいた。




to be continued...
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