長編

□過去
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一年前



枕元から聞こえる優しい声に、一方通行は瞼を震わせた。
目をゆっくりと明るい光に馴染ませていく。

「おはよう」
「ン……」
「冷蔵庫にお昼あるから。学校行くね」
「あァ」
「いってきます」

一人残された一方通行はぼんやりと考える。
いってらっしゃいはくすぐったくて言えなかった。
帰ってきた時は、言えるだろうか。




太陽が高く上った頃、彼は起き上がった。
ナマエがいなくなると自分は暇だ。
とりあえずコーヒーを買いに行くことにした。

「ありがとうございましたー」

自動ドアから出る時ツンツン頭とすれ違った。
しばらくして背後で「不幸だあああ」と叫び声が聞こえてくる。
何かあったのだろうか。
一方通行はちらりと手持ちのビニル袋を見た。
コンビニに行ったのは数日ぶりだが、丁度よいことに新しい銘柄のコーヒーが出ていた。
今日飲む分も合わせ15本の買い溜めをした。
キャンペーンをしているせいか、自分で店頭のものはなくなってしまったが。



ナマエから預かっている鍵を使い、帰宅した。
出るとき同様、人の気配はない。
昼食はナマエの用意したしょうが焼きだった。
電子レンジで温め食べる。
少し生姜を効かせすぎているような気もしたが、完食した。

――同居の最大の利点と言ったらコレだよなァ。

レストランに行かずとも食事を作るヤツがいる。
好きな物を食べれないのが欠点だが、外出する手間が省ける。
今日の場合は先にコンビニに行ったけれど。
食後に早速コーヒーを一本開けた。
芳ばしい香りが鼻孔をくすぐる。
久々の当たりだ。
しばらくはくだらないテレビ番組を見ていたがすぐに飽きた。
寝るか。
ナマエのいない間は唯一ベッドを占領できる時間だ。
毛布に包まると自分ではない人間の匂いがした。
これも一人暮らしとは違うところか。

――甘い……とは違ェな。優しい?

不思議と気分が落ち着いた。
まさか人の気配に安らぐ時が来るとは思ってもみなかった。
ナマエは今家事を全て担ってる。
あいつは俺の家政婦ではない。

――俺も何かすべきかァ?料理はしねェけど、洗濯……くらいなら。

してやっても、いい。
そこまで考えるとそのまま寝てしまった。




「ねぼすけだなぁ」
「あァ?」

頭上で間の抜けた声がする。
ナマエが帰ってきたのか。
言わなければ。
今朝言えなかった挨拶を。

「……おかえりィ」

そう言うとナマエは少し意外そうな顔をして、微笑んだ。
その表情に胸がじわりと温かくなった。

「ただいま」




「コーヒー買ったの一方通行?」
「なンだよ悪ィかよ」
「一度に買いすぎー……冷蔵庫小さいんだから半分は棚に置くよー」
「いいけどよォ」

台所からビニル袋の擦れる音がする。
スーパーで買った食材を冷蔵庫に移しているのだろう。

「わーあ。ブラックばっかり……」
「俺のだから問題ねェだろが。なンなら飲んでみるかァ?」
「遠慮させて頂きますぅ」




To be continued...
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