長編

□過去
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一年前



白い部屋で目を覚ます。
清潔なシーツ。
簡素なパイプベッド。
窓から見えるのは見覚えのある風車。
ここは学園都市内の病院のようだった。

「……a?fztqiv……?」

声が言葉にならない。
腕もろくに動かせない。

――一体、何があった?

寝台の横にはナマエが座っていた。
今までいなかったのにいつの間にか現れていた。
俯いて悲痛な顔して、俺の手を両手で握っていた。

――なンだよ、お前がそンな顔してっとシャレになンねェよ。

「一方通行、ごめんね」

――何がだ……?

嫌な、予感がした。
直後その予感は的中する。

「さようなら」

ナマエの頬を伝った涙が手の甲に当たった。
そして彼女は丸椅子から立ち上がり、俺に背を向ける。
もう会いに来ることはないのだと、なんとなく理解した。

――オイ、待てよ。また来るよな?
――ナマエ、ナマエ。頼むから……

「ナマエ……」

呟いた自分の声で目を覚ました。
目尻には涙の乾いた痕ができていた。

――ゆ、め。

そう自覚して一気に力が抜けた。
ベッドで眠るナマエはまだ夢の中のようだ。
寝言が彼女の耳に届いていなかったことに安堵した。




「お泊まりだァ?」
「ごめんね、伝えたつもりになってた。今晩友達の家に泊まるから。留守番よろしくね」

ナマエは手を合わせ、申し訳なさそうに告げた。
それに対しぎこちなく返事をしながら、引き止める言葉を模索してしまう。

「あァ……」
「晩ごはんは昨日の残りを駆使してくれる?なんならコンビニで買ったって構わないし」
「わかった」

言葉は見つからないままだった。
今朝の夢ですっかり気が滅入ってしまった。
加えてタイミングが悪いことに留守番の仕打ちだ。
いい歳して引き止めることなどできなかった。
どんなに不安でも今晩は一人で夜を過ごさなければならない。
思えばこの部屋に来てからナマエが帰らないのは初めてだ。

――ナマエのばァか。クソったれ。

今日に限って外泊かよタイミング悪ィ。
皆でホラーを見るのだと言っていた。
科学の街でホラーかよ馬鹿馬鹿しい。
せいぜい怯えて震えて悲鳴上げてろ。




夜、ナマエのベッドに潜り込む。
今日はすることがないので早めの就寝だ。ナマエの優しい匂いがする枕に顔を埋めた。
会話のない一日を過ごすのは久々のことだった。

――胸が苦しィ。

胸が締め付けられる感覚で眠れない。
痛い、痛い。痛くてたまらない。
皮膚と空気の境界が曖昧になっていく。
そうして、消えてしまいそうな感覚になる。
ナマエが恋しかった。
あの日みたくナマエの手を握りたい。
温かくて柔らかい、ナマエに触れたい。

「ちき、しょォ……」

目尻からポロポロと涙が零れてきた。
ここに来て俺は弱くなってしまった。
積もり積もった寂しさが込み上げる。
ナマエ、ナマエ、ナマエ……。
思い出すのは今朝の夢だ。
もし俺が、アイツの人生の足手まといにしかならなくなった時。
彼女と過ごすことを諦められるだろうか。
去り行く彼女を黙って見送れるだろうか。

――いやだ、いやだ。もう独りはうンざりなンだ。




ナマエが帰ったのは早朝のことだった。

「ふあぁ、寝直そ」
「ナマエ……」

一方通行はベッドに横になったままだった。
平常を装おいつつもナマエに手を伸ばす。
ナマエは反射的に手を取った。

「……どうしたの?クマできてるね」

――柔らけェ。

彼女の手の感触に目を細める。
後はその手を引っ張るだけだ。

「わ、わ」

バランスを崩したナマエは自分を潰さないようにベッドに倒れ込んだ。

「ど、どしたの?」

目を丸くし、おっかなびっくりといった調子で問い詰められる。

「別に。寝直すンだろ」
「ベッドを私に返して下さると嬉しいのですが」
「嫌だ」
「じゃあこたつで寝ようかなと……」
「ここにいろ」

弱く、小さな声でナマエを抱き締めた。
華奢で、しかし柔らかい感触と温かい体温が伝わる。
それが心地よくてなんだかいとおしい。
曖昧だった境界が線を取り戻す。
自分の存在が確固たるものになる。
すかすかだった心が満たされていく。
一方通行はナマエとの隙間を無くすよう抱き締める腕を強くした。
ナマエはしばらく緊張で硬直していたが、やがてなんとなく一方通行の心情を察した。

「大丈夫だよ、私はここにいるからね」
「うン……」
「おやすみ」

さらさらと一方通行の頭を撫で、ゆっくりと告げる。
重くなっていく瞼には抗えなかった。
徐々に二人は深い眠りに沈んでいった。



To be continued...
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